第二章

第42話 瀬戸内への転校


 私、東條京香は6月の頭に東京から広島県に引っ越してきた。


 何の事はない。父の仕事の関係で一緒に来ただけだ。


 父を単身赴任させて東京に残る道もあると母からは言われたが、私はそれを断った。

 東京での不満はあまり無かったのだが、何というか、環境を変えたかったのだ。

 

 東京では親友と呼ばれる人間も居ないし、部活などに熱心に打ち込んでいるわけでもない。

 クラスで私に話し掛ける人間はどの人も上辺だけの会話で、"私が普通の人よりいい容姿をしているから"と言う安直な理由で擦り寄って来る人間が殆どだった。

 

 そんな外面だけの関係に、少し疲れたのだ。


 母は心配していたが、父は喜んでくれた。

 一人きりの単身赴任では無くなる事が嬉しかったのだろう。


 私としても未練は全く無かったし、此処にいるよりかは新しい環境で、一からやり直したいと言う気持ちもあったのかもしれない。


 一度、ゴールデンウィークに呉という街に下見に来た時、さして東京と変わらない様な気もした。

 随分と遠くまで来たのに、"こんなものか"と、期待外れの感想を抱いたものだ。

 すると、父はレンタカーを借りて、『少し遠くまで行ってみようか』と、提案してきた。

 ゴールデンウィークの連休もあり、父は半分観光気分で来ている様だった。

 特に反対する理由も無かったので、私は流されるままに車に乗った。

 

 車はクネクネと曲がった道を進んでいき、しばらくすると右手に海が見えた。

 多くの船がひっきりなしに行き交い、奥の方には知らない名前の島が見えた。


 しばらくすると、大きな橋が見えてきた。

 橋は高く、赤く塗られており、側面には"満潮時桁下23.50M"と、白い文字で書かれていた。

 それは島と本土を繋ぐ橋だった。


 雰囲気が変わったのが分かった。

 東京とも、先ほど見た呉の市街地とも違う、何だか懐かしい様な風景。


 気付けば私は、窓に張り付いて外の景色を眺めていた。

 

 レンタカーはその橋を渡るために、グネグネとした道を描きながら高度を稼いで行く。

 途中、道路わきに沿って花が咲いていた。赤とピンクと白が入り混じった、綺麗な花。


 確かあれはツツジという花だった筈だ。


 そんな綺麗な景色を見ながらレンタカーは進んで行く。

 すると、途中にパーキングエリアの様な駐車スペースが現れた。私はそれを確認すると、咄嗟に父に声を掛ける。


 「お父さん!そこのパーキングエリアに寄ってこう!」


 私の父はそれを聞いてレンタカーのスピードを少し落とし、そこへ入っていった。

 駐車場はゴールデンウィークだからか、沢山の車が駐車しており、人も多い様だった。

 何だか観光地の様な賑わいだ。

 

 父がなんとか停められる場所を見つけ出し、車を駐車する。

 私は早く外の景色を見たくて、一目散に外へと出た。


 外へ出た途端、潮の香りが鼻をくすぐった。

 海が近いから当然ではあるのだが、それがなんだか別の世界に来た様な感覚にもなった。


 私は一刻も早く景色を見たいと思い、どこか高台の様な場所がないかを探す。

 すると、上に登れそうな階段を見つけた。早足でそれを駆け上がり、登りきったところで看板が目に入った。看板には"音戸の瀬戸"と、大きい文字で書かれていて、その下に説明が書いてある。

 なんでも此処は有名な景勝地であるらしい。

 先には柵が設置されており、そこには人だかりが出来ていて、指を刺している人や、カメラを構えている人がいる。


 私は引き寄せられる様に柵へと近づく。

 そして柵に手を掛けて景色を見ると、先程は一部しか見えてなかったあの赤い橋の全貌が見えた。


 真ん中には赤く塗られた橋が掛かり、海峡の奥には瓦屋根の古い建物が沢山並んでいる。


 手前には、さっきのツツジの花が色とりどりに咲き乱れており、絶景と言って差し支えなかった。


 そして、レンタカーの中でも感じた懐かしさ。


 初めて来る場所なのに、初めてではない様な懐かしさが込み上げてきた。


 潮の香りと、微かな波の音と、古い街並み。


 

 私はこの景色に、一目惚れをしたのだ。

 

 

 


 

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