第30話 清盛塚
東條さんが美術部に入ったが、やる事はそんなに変わっていない。
先生から"部員も増えたし画材はちゃんと美術室に仕舞うように"と言われたので、美術室の開け閉めをしなければならなくなったと言う手間は増えたが、それさえやれば屋上で風景画を描く事は変わらない。
強いて言えば、屋上に置かれるイーゼルの数が、1つから2つに増えただけだ。
東條さんは、色彩よりデッサンが得意で、屋上で風景画を描く時は、絵の具を使わず、鉛筆で終わらせることが多い。
しかし、ある程度描いたら自分のイーゼルを片付けて、前と変わらず僕の後ろで、僕が絵を描いているところをジッと見つめる。
詰まるところ、何も変わってないと言うのが僕の感想だ。
正直、東條さんの描く絵がもっと見たいと言う思いもあるが、彼女がその気が無いのなら仕方がない。
しかし今日は、趣向を変えてみようと思っている。
「お待たせ、東條さん」
あの告白の現場に遭遇してから数日後の放課後、いつものように美術室の鍵を開ける。
「ねえ大野くん。今日も屋上?」
部室に入ると、東條さんはいつもの様にそう聞いてくる。この様に、自分が絵を描きたいのでは無く、僕の絵を期待してくれる事の方が多いのだ。
「……梅雨も明けたし、今日は場所を変えてみるかのう?」
僕はそう提案してみる。今まで彼女といる時は殆どが屋上だったのでそろそろ別の場所で描いても良いかと思ったのだ。
それで彼女の絵に対するやる気が出てくれれば、尚更良い。
「うん!良いんじゃないかな?それで、何処に行くのかな?」
東條さんの反応も悪くない。なら決まりだ。
「うーん、ほうじゃなぁ……」
腕を組んで深く考える。まず、呉の市街地の様な場所は人目につくので避けたい。学校の人間に見られて噂が広まるのは嫌だった。
同じ理由で学校内も避けたい。
人目に付かず、それでいて学校の人間が居なくて、尚且つ2人きりになれそうな場所……
「……今日は、島に行って描いてみるかのう?」
うってつけの場所を、僕は思い出した。
______
僕たちの通学路、音戸の瀬戸と言う景勝地はどこを取っても絵になる。
大昔、平清盛が開削したと言う伝説がある此処は、倉橋島側にその功績を讃えて建立された、"清盛塚"と言う名所がある。
海峡が100メートル幅程しかない狭い音戸の瀬戸の岩礁に無理矢理建てたようなその塚は、松の木が一本生えているばかりの小さなものだが、それが良いアクセントとなっている。
そこから見る音戸の瀬戸は、真っ赤な音戸大橋とその清盛塚が、バランス良く配置されていて、絵を描くには絶好のロケーションとなるのだ。
それに学校の人間は誰も通らず、2人きりで絵を描ける、絶好の場所でもある。
「やっぱ良いところだね。ここは」
東條さんは音戸大橋を見上げながらそう呟く。
景勝地として名高いここは、独特の雰囲気を持っており、古い建物と、真っ赤な音戸大橋と、そこへ行き交う様々な船達は、言葉で表すのなら"ノスタルジー"と言う文字がピッタリの場所だ。
「僕もここで絵を描くんは久しぶりじゃけんな。流石にここまでイーゼルとキャンバスは持って来れんけぇ、今日はスケッチブックに描くで」
そう言って意気揚々と画材の準備をする。音戸の瀬戸を描く時は、何処からでも絵になるので一層に気合が入る。気付けば日が沈みそうになっている事もあるのだ。
清盛塚にあるベンチに座り、構図を決める。
やはり、ここで絵を描く時は、音戸大橋は外せない。
それと、海の方にちょこんと、いつも使う渡し船を描くのも良いだろう。
ここに来ると、そう言う想像も掻き立てられるのだ。
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