第29話 告白現場②


 「あー……ごめん。聞くつもりは無かったんじゃけどのう」


 「ううん、良いよ?わざとじゃ無かったんでしょ?」


 東條さんは今さっき告白されたばかりだと言うのに、いつも通りな様子で、動揺も無く、僕と会話をしている。

 やはりあの様な告白には慣れているのだろうか?


 「多いんか?ああ言う風に告白されんの」


 「……どうかな?ここに転校して来てからは10回くらい告白されたかも」


 「10回って……」


 此処に引っ越して来てまだ1ヶ月半しか経っていないと言うのに、相当な数だ。

 それだけでも彼女の人気を物語っている。


 「何か、そんだけ告白されると疲れそうじゃ」


 しかし、僕はそれを羨ましいとは思わなかった。確かに告白される事は嬉しいかもしれないが、ここまで多いと多少はウンザリするのではないかと思ったのだ。

 ……まあ、告白されたなんて経験、僕には無いから想像するだけなのだが。


 「……へー、やっぱり大野くんって面白いね。普通は羨ましがったり、嫉妬をするんだけどなー」


 対して東條さんは少し驚いている様子だった。

 彼女の言う通り、確かに羨ましいという思いは少しあるが、誰かも知らない人間に一方的に好意を押し付けられても、困惑するだけだろうと思ったのだ。


 「少しは羨ましいで?僕は告白なんかされた事無いけぇのう」


 少し苦笑いになって僕は冗談を飛ばす。疲れそうとは言っても、一度くらいは異性に告白されたいと言う願望は持っている。


 「……そうでも無いよ?あの人だって、クラスで2、3回しか話した事ない人だったし。そんな人から告白されても、付き合いたいとは思えないでしょ?」


 「……まあ、そりゃあのう」


 確かにそうだ。僕だって他クラスの名前も知らない女子から告白されたとしたら、付き合おうとは言えない。それに至るまでの理由と関係が欲しいのだ。

 では、東條さんはどの程度なら付き合って良いと思うのだろうか?


 「……ほいじゃあ、東條さんはどんくらいの関係性じゃったら、付き合いたいと思う?」


 このタイミングしかないと思い、僕は思い切って聞いてみる。彼女の恋愛観に触れられるチャンスが巡って来たのだ。


 「……うーん、そうだね。さっきの男の人にも言ったんだけど、"付き合って恋人同士になる"って、あんまり変わらない気がするの」


 「変わらない?」


 どう言う事だろうか?友達から恋人へのランクアップをしたのだ。それだけでも当人達には価値のあるものではないのだろうか?


 「うん。例えば、付き合う前までデートしたり、一緒にご飯食べたりするでしょ?それが突然恋人同士になったとして、そこから何か変わるものなのかな?」


 「そりゃ、色々あるじゃろう。お互いの家に行くとか、学校で二人だけの時間を作るとか」


 「……さっきの男の人にも言ったけど、それって"友達"の関係でも私は成立すると思うんだよね。それに、付き合い始めたらお互いその人しか見ないって事になるじゃない?それって何だか人付き合いを制限される様な気がするんだよね」


 「………」


 反論は出なかった。それと同時に、どこか納得もいった。

 

 "僕はアナタを愛しています。そしてアナタも僕を愛しています。だから付き合って、お互いに他の異性に目移りしない様にしましょう"


 付き合うとは、恋人同士になるという事はそういう、ある種の契約みたいなものだなと、僕はそう感じた。


 「……つまり、"付き合う"と言う事自体に、あまり意味がないっちゅう事?」


 「そこまでは言わないけど、付き合った事で本当に当人達は幸せになれるのかなーって」


 そう言って東條さんはどこか遠くを見るような、儚げな表情になる。

 その表情を見て、僕はどのような言葉を掛ければ良いのか、分からなくなってしまった。


 「……部室、そろそろ開けよっか?」


 「え?あ、ああ。ほうじゃのう」


 少しの沈黙の後、東條さんからそう言われる。表情は、いつもの柔らかい笑顔に戻っていた。

 元々部活の為にこの美術室に来たのだ。僕は慌てて部室の鍵を開ける。


 頭の中は、花火大会のことなどすっかり忘れていて、先程の儚げな東條さんの表情ばかりが浮かんでいた。

 

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