第28話 告白現場


 放課後、僕はいつもの屋上では無く、美術室の方へと向かう。今まで一人だった美術部に東條さんが入った事で、部室の開け閉めをしなければならくなったのだ。

 花火大会に誘うのは良いが、どうやって自然に誘うのか。僕は授業中そんなことばかり考えていた。

 もう他の男に誘われているかも知れない。しかし、それでも自分の口で誘いたかった。

 教室のある3階から、美術室のある一階までは、少し距離がある。屋上ではあまり聞こえてこなかったが、美術部室までの廊下では、吹奏楽部がパート練をしているであろう音があちこちから聞こえて来る。

 そんな音を聞き流しながら、階段を降りて、部室の方へと向かおうとすると、一階の踊り場に近づいた時に、楽器の音に混じって何やら話し声が聞こえて来た。


 「だ、ダメかのう?」


 「……うーん、私と貴方ってほとんど喋った事ないでしょ?何で私を好きになったのかなーって」


 「そ、それは……」

 

 ただならぬ雰囲気を感じたので、僕は廊下には出ずに、踊り場に留まり様子を伺おうとする。

 そっと踊り場の陰から廊下を覗いてみると、東條さんが美術室の前で立っていた。

 ……知らない男と対面する形で。

 

 「つ、付き合って分かる事もあるんかなーって。ホラ、お互いを知って行く恋愛ってのもあるじゃろう!?」


 男は焦っているのか、言い訳をする様に早口でそう捲し立てる。

 恐らく男の方が、東條さんに告白している事は、直ぐに分かった。


 「……それにしては、知らなさ過ぎだと思うな?だって、貴方と私、殆ど話したことないでしょう?」

 

 「そりゃあ、そうじゃけど……」


 ……しかし、どうも東條さんが告白を受ける気配はない。

 正面に東條さんは見えるのだが、男の方は後ろ姿で顔が見えない。

 しかし、上履きの色で同じ2年生だとは分かった。


 「っ!!!」


 すると、東條さんの目線が一瞬だがこっちを向いた。

 絶対に目線が合った。もうバレてると思いつつも、慌てて顔を引っ込める。


 「……ねえ、付き合うって、どう言う事なのかな?」


 「……へ?」


 突然の東條さんの質問に、男は変な声を出す。気持ちは僕も分かる。彼女は偶に、そう言う哲学的な問い掛けをする事があるのだ。


 「付き合ったって、結婚みたいに苗字が変わる訳じゃないでしょ?資産も共有する訳じゃないし、一緒に住む訳でも無い。……いや、住む事もあるかな?」


 「は、はぁ……」


 一人で話す東條さんに男の方はどう反応して良いかわからない様だった。


 「今、貴方は"付き合って下さい"って言ってたけど、もし私と付き合ったとして、どうするの?」


 東條さんは構わずに言葉を続ける。


 「どうするって……そりゃ、恋人らしい事じゃろうに。デート行くとか、一緒にご飯食べるとか……」


 「でもそれって、友達同士でも出来ることじゃない?」


 ピシャリとそう言い放った東條さんに対し、男は絶句してしまう。

 僕も東條さんのその言葉に驚いていた。

 ……彼女はこんなにもハッキリとものを言う人間だっただろうか?

 思い返せば、初めて出会った時はお淑やかな、優しい雰囲気があった。

 連絡先を交換した時は、夜遅くまでメールをするなどの我儘な部分も見られた。

 屋上に毎日絵を見に来てくれた時は、冗談な揶揄いなど、お茶目な部分もあった。


 そして今は、僕に向けられたものでは無いが、ハッキリと拒絶をする意志の強さを見せている。


 どれもマイナスなイメージは無いが、僕は少しだけそこに違和感を感じた。

 しかし、違和感の正体は、今の僕には分からなかった。


 「……お友達になるのは良いけど、恋人はダメかな?……ごめんね?」


 そう言うと、東條さんは深く頭を下げる。


 「……っ!!もうええ!!」


 その一言が決定打だったのか、男は捨て台詞の様な言葉を吐いて、すぐさま踵を返して走り去って行く。


 こっちに向かって。


 僕は必死に隠れようとするが、それも間に合わず、フラれた男と鉢合わせしてしまった。

 

 「……あ、ども」


 「……お前は……」


 男と目が合った。こういう時、どうやって声をかければ良いのだろうか?


 「……お前ら、最近噂になっちょるぞ。あの女、相当な女狐じゃ。注意せい」


 すると、男から声を掛けて来た。


 「……あ、あの!!」


 「じゃあの!!」


 僕は何か反論しようと、言葉を返そうとするが、それを聞く前に男は走り去って行ってしまった。


 「……なんも知らん癖に女狐って……」


 男に言うはずであっただろう反論の言葉を、一人呟く。


 "女狐"


 恐らくフラれたショックでそんな事を口走ったのだろう。

 その発言だけでも彼女の事を何も知らないのが丸分かりだ。

 しかし、東條さんの事を何も知らないのに告白した勇気は、正直羨ましかった。

 怒りもあるが、僕にもあれだけの度胸があれば良いのにと、好きな人の悪口を言われた筈なのに、何処か尊敬している節もあった。


 「……見られちゃったね」


 逃げていった男を呆然と見てる僕を現実に引き戻したのは、東條さんの声だった。


 僕は咄嗟に振り返ると、彼女は困った様に笑っていた。


 

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