第14話 雨宿り②
「色?」
東條さんの発言に、僕は首を傾げる。
"東京には色が無い"
なんとも詩的な発言だが、どう言う意味なのかは、全く計りかねていた。
「うん、色。街にも色はないし、人にも色が無いの。みーんな淡白」
つまらなさそうな顔をして東條さんはそう言う。物は沢山あるのに面白味が無いとはこれいかに。
例えば僕なんかが東京の画材屋さんに行ったら、泣いて喜ぶだろう。
呉の画材屋さんでは手に入らない物が、東京では直ぐに手に入ると言うだけでも、僕にとっては魅力的だ。
「でも、此処には色があるの。青い海、赤い橋、緑の木々。景色だけでもいっぱい色があるの。……この渡し船にもね。だから好きなのかな?」
東條さんは微笑んでそんな事を言う。僕にとってその光景は、日常のものだ。
見飽きていると言ってもいい。
「ほうか?何も無いところよ?」
「それが嬉しいの。大野くんは贅沢だなあ」
薄く笑ってそう言う東條さん。今まで僕が日常と思っていた事が、この人にとっては珍しい事らしい。
それ程に、
雨は、まだ降り続いている。
「……東條さんは、何で
僕は思い切って聞いてみることにした。恐らく親の転勤か何かなのだろうが、彼女の東京の話を聞いて、もっと知ってみたくなったのだ。
「親の転勤。私のお父さん、船の設計の仕事をしててね、呉にある造船所に転勤になったから引っ越してきたの」
なるほど、やはり親の転勤だった。しかし、一つ疑問がある。
「へえ、でも何で倉橋島に?呉の市街地に住んだ方が便利じゃろうに?」
わざわざ島に住んでそこから通勤するより、呉の市街地に住んだ方がよっぽど通勤も通学も支障が無いだろう。
僕が不思議そうにそう言うと、東條さんは困ったような笑顔になった。
「私がこの島がいいって言ったの。引っ越す前に呉の市街地も見たけど、どうも馴染めそうになくて……」
都会育ちなのに珍しいものだ。普通環境がガラリと変わったら、困惑するだろうに。
それほど都会に疲れたと言うことなのだろうか?
「ほいで、この島に?」
「うん、ここは静かで良いところだから」
確かにここは静かで穏やかな場所だ。
「ふぅん。ほいで、島には馴染めそうなん?」
ならば気になる点は一つ。東條さんがこの島に馴染んでいるかと言うことだった。すると、東條さんは今まで見たことのない様な笑顔になった。
「うん!この前だって近所の山下さんって人に、お魚のお裾分けしてもらったの!私、あんな経験初めて!」
「あー、山下のおっちゃんか。あの人は漁師で、誰彼構わず話しかけるけぇのう」
嬉しそうな反応を見る限り、どうやら上手くやっている様だ。
「あと、この前散歩してた時なんだけどね……」
その後も、この島について色々と話をした。
嬉しそうに島であった出来事を口にする彼女に、思わず見惚れる。神秘的で不思議な雰囲気を纏っていた彼女の、意外な一面が見れた。
こんな顔で笑うこともあるのだと。
何だか僕だけが。彼女のその一面を知っている気になる。
それはこの、小さな待合所の屋根の下で二人きりと言う事実が、そうさせるのだろう。
雨は、いつの間にか止んでいた。
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