第13話 雨宿り
その日の放課後。今日とて、僕は屋上で絵を描いている。放課後の日課であるので、いつもやらないと何だか気が済まない。
画用紙に目を向けると、下書きは終わっており、これから色を塗って行こうと言うところだった。
持ってきた絵用具を広げ、下書きをした画用紙と景色を見合わせる。
僕は色を着ける際、透明水彩の絵の具を使用している。水彩特有の淡い色彩が、この穏やかな瀬戸内海の雰囲気とマッチしている様な気がするので、気に入っているのだ。
絵の具のチューブは青色系の物が極端に減っている。たくさん海を描いているからだろう。
気分にもよるが、僕がここで絵を描く時は海から描く事が殆どなので、迷わずにいつもの青色の絵具を手に取った。
「晴れとったら、もっとええんじゃけどのう」
パレットに絵の具を足していきながら、そんな事を呟く。
僕は天気の悪い日に空は描きたくないので、晴れて来るまで画用紙の空の色はいつも白色だ。
空の色がない絵は、急に淡白な絵柄になる。
「……はあ、
もう梅雨に入っているので仕方がない事なのだが、そう呟かずにはいられなかった。
___ポツ、___ポツ、____
しばらく描いていると、腕に何か冷たいものが当たるのを感じた。
「うっわ、降って来よった」
この頃、曇天が続いていたのでいつかは降ると思っていたのだが、遂にお天道様も我慢が出来なくなった様だ。
雨が降ると絵どころでは無くなるので、そそくさと撤収を始める。
すると、ある事を思い出してしまった。
「あー、もう、どうするんに。今日はチャリで来てしもうたわ」
これは本降りになる前に帰りたい。そう考えながら、急いで画材を片付けるのであった。
________
「……どーして、東條さんがここに
「今日も渡し船を使って帰ろうとしたんだけどね、途中で雨が降って来ちゃって……」
渡し船の待合所。屋根に当たる雨の音を聞きながら僕と東條さんは会話をしている。
高校から渡し船の船着き場までなるべく急いだのだが、その途中でとうとう本降りになってしまった。
雨から逃れるように待合所の屋根の下に避難したのだが、そこには東條さんと言う先客が居たのだ。
「わざわざ不便な渡し船なんか使わんでも良かろうに」
自転車じゃなければ、バスで帰るのが一番手っ取り早い。今日は雨も降っているので、わざわざ渡し船を使うメリットなど一つもないのだ。
「……なんか、好きなんだよね」
「……え?」
いきなり"好き"と言って来た東條さんに、僕の心臓が跳ね上がる。
「渡し船なんて私、初めて乗ったの。船は小さくてよく揺れるんだけど、何か私は好きなんだよね」
「……え?あ、ああ!ほうよね!渡し船のことよね!!」
言葉の意味を理解して自分の勘違いに恥ずかしくなる。いきなり告白でもされたものかと思ったのだ。
「……?」
そんな挙動不審な僕を不思議に思ったのか、東條さんは首を傾げてこっちを見てくる。
「で、でも、そんな面白いもんでも無いじゃろう?たかが3分乗るだけの小さい船よ?」
心の焦りを読まれぬように、僕は会話を続ける。やはりまだ、少し緊張してしまっていた。
「……何て言えばいいんだろう?雰囲気って言えば良いのかな?東京にはこんな景色なんて無かったし、……うーん、難しいなぁ……」
東條さんは色々考えているようだが、中々答えは出ない様だ。
「この島、良いところなんだよね。静かだし、皆んな挨拶してくれるし」
すると、続けて東條さんから、そんな言葉が出てきた。突拍子も無い言葉に、僕は一瞬呆けた顔になる。
「……ほうか?……僕は東京の方が住みやすいと思うんじゃけどのう。だって、あっちには何でもあるんじゃろ?」
海面に当たる雨の雫たちを見ながら、僕はそう返す。何でも東京は最寄りの駅に行けば何でも手に入ると聞いた事がある。遊び盛りの高校生としては、夢のような場所なのだ。しかし、東條さんの表情は優れなかった。
「……そうでも無いよ?あっちは人が多くてうるさいだけだし、それに……」
「……それに?」
一呼吸おくと、東條さんは海の景色を見ながら、こう言った。
初めて会った時のような、儚げな表情で。
「東京には、"色"が無いから」
その言葉の真意は、島で育ってきた僕には分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます