第7話 梅雨入り
空は曇り、本格的な梅雨入りを感じさせる。
まるで僕の心の中を表している様だと言うと、少し気障ったらしいだろうか?
「おーい、蓮ー?」
一目惚れとはこう言う事を言うのだろう。あの夕陽に照らされた柔らかい笑顔が忘れられない。直ぐにでも4組に顔を覗きに行きたいが、彼女は人気だ。
「聞いちょるかー?おーい?」
しかし渡し船の出来事からもう数日は経っている。あの後、そのまま別れてから一度も会って居ないし、忘れられているのが関の山だろう。そう考えると益々会いに行く勇気が出ない。
「……重症じゃな。……よし」
これが恋心なのはもう自覚している。後は自分の気持ちを伝えるだけなのだが、どうにもそれが出来ない。今のところ、無為に時間を過ごしているだけだ。
誰かに背中を押して貰いたい。そんな気分だった。
「うおりゃー!!!」
「ぐぅえっ!!!」
すると、背中に衝撃が走る。押された勢いで、僕は頭を強く机にぶつけてしまった。
「なにすんじゃ!!このボケ!!」
背中を押して貰いたいとは思っていたが、思いっきり蹴られるとは思わなかった。勢いよく頭を上げて友人、康介を睨みつける。
「昼じゃ、飯食いに行くで」
康介にそう言われて時計を確認する。……もう前の授業が終わったのか。ずっとボーッとしていた様な気がする。
「もーそんな時間かい」
まだ現実味が無いもので、僕は生返事をしてしまう。すると、康介が顔を顰めた。
「……最近お前、そんなんばっかじゃのう。もっとシャキッとせいや!シャキッと!!」
野球部特有の体育会系な発言に僕はゲンナリする。気合いを入れてくれたつもりなのだろうが、僕にとっては逆効果だ。
「うっさいのう。なんじゃ、お前は。母親かなんかか?」
不機嫌になりながら軽口を叩く。まだ背中と、机にぶつけたおでこがジンジンしていた。
「アホ、気い抜いとる方が悪いんじゃ。うじうじ、うじうじ。女々しくて見てられん」
……確かに康介の言う通り、今の僕は女々しい。たった一人の女性に対してこんなにも思い悩むとは自分自身、思いもしなかった。
「……何か言い返しいや。気が乗らんわ」
康介はバツが悪そうにそう言い放つ。いつもなら軽口を投げ合うのだが、今はどうもそんな気分では無い。
「ほいで、原因は?好きな人でも出来たんか?」
「な……」
いきなり当てられてしまった。一瞬動揺したが、しかし表情には出さない様にする。
「……違うわ」
精一杯のポーカーフェイス。ここでバレたら恥ずかしい事この上無い。
「……相変わらず分かりやすいのう。少しはポーカーフェイスを覚えんさいな」
しかし、一瞬で見破られた。
「出来たんじゃろうに、好きな人。お前、それで隠せとると思っとったんか?」
どうやら康介には見透かされていたらしい。……そんなに分かりやすかっただろうか?
「……なんじゃ、バレとったんか」
顔が赤くなって行くのを感じる。渡し船の時のような高揚感では無く、見破られた焦燥感で。
「授業中、ずーっと上の空どころじゃ無かったけぇのう。クラスの女を見よらんかったっちゅー事は、……他クラスか?」
僕は堪忍した様に康介を見る。実に見事な名探偵っぷりだ。しかし好きな人はいるのだが、この男に言うのは戸惑っていた。
と言うのもこの芳賀康介という人間、口がめちゃくちゃ軽いのである。
「……言うたらバラすじゃろ、お前」
「そんな事せんって」
康介に真っ直ぐ見据えられて、そう言われる。
……この芳賀康介は口は軽いが、それを補って人情に厚い。本当に言って欲しく無い事は他人にバラさないと言う一面もあるのだ。
「ホントに言わんか?」
「言わん。約束じゃ」
それならばと、僕は康介に向かって口を開く。
「実はのう、数日前に……」
僕は渡し船での出来事を、親友に語った。
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