第6話 待合所での出会い③


 「本当に、ありがとうございます……」

 

 「い、いえいえ、無事で良ろしかったです」


 船から降り、対岸と同じ様な待合所で再び美少女と会話をする。

 渡し船に乗ると言う事は、この島の人間なのだろうか?しかし、幾ら記憶を辿っても、こんな美少女がこの島に居たという記憶は無い。


 「まだこの島に引っ越して来たばかりなので……あまり勝手が分からなくて」


 美少女は申し訳なさそうな顔でそう言った。

 引っ越しと言うキーワードを聞いて、僕はある事を思い出す。


 「引っ越し?ああ!あなたが噂の転校生ですか?」


 この数日、すっかり頭から抜け落ちていた。美人さんと言う康介の情報は本当だったらしい。

 そう言えば話す言葉も、広島弁では無く標準語だった。

 対する美少女は、苦笑いになる。

 「噂になってるからどうかは分からないですけど……5日前に宮浦高校に転校しました」

 こりゃ、教室に人だかりも出来る訳だ。こんな美人さん、広島市内に行っても早々お目にかかれるものではない。


 「あの高校に転校生が来る事自体、珍しいですけぇね。それも美人さんともなりゃあ……」


 「……え?」


 ……あ、しまった。本人の前で口説き文句の様な事を言ってしまった。初対面なのに。案の定、美少女は驚いた顔をしている。

 僕は自分の発言を自覚して、急に顔が赤くなる。


 「あ、そ、その、ありがとうございます?」


 美少女もなんて返して良いのか分からなかったのだろう。曖昧な返事をした。

 そんな反応をされたら、益々僕の羞恥心が高まってしまう。

 「す、すみません!!いきなり変な事言って!!」

 顔が熱くなっていくのを感じながら必死に謝る。ナンパのつもりなど毛頭無かったのだが、美少女の前での緊張からか、口が滑ってしまった。

 「あ、いや……ふふっ、そんな必死に謝らなくても。そう言われて私も嬉しいです」

 しかし美少女は薄く笑って許してくれた。美人は笑顔になってもやはり美人だ。


 「そ、そう言えば!なして渡し船なんかに乗ろうと思うたんですか?学校から島へのバスもあるんに」


 僕は羞恥心を振り払うように話題をずらす。自分は自転車通学なので、いつも渡し船に乗っているのだが、徒歩だと学校までは遠いし、バスを使った方が断然便利だ。しかし美少女は徒歩でこの渡し船を利用していた。

 「バスでこの辺を通る時、いつもこの乗船場が目に入ったんです。だから今日は思い切って乗ってみようと思って」

 成る程、しかしよく気付いたものである。小さな掘立て小屋のような待合所に、バスの中から気付くとは、相当周りが見える人らしい。

 

 「そういや、まだ名前を言ってませんでしたね。噂になってるんで、もう知ってますか?」

 続いて美少女は微笑みながら僕にそう問い掛けてくる。

 「いえ、まだ名前は」

 噂になっているのは聞いていたが、名前までは知らない。


 「私の名前は東條京香とうじょうきょうか。東京からこの倉橋島に引っ越して来ました」


 そう言ってペコリと、綺麗なお辞儀をする東條さん。

 やはり絵になる人だった。


 「あなたは何と言う名前なんですか?」


 見惚れていたら、東條さんにそんな事を言われた。確かに相手に自己紹介をさせておいて、自分は名乗らないのは失礼だ。


 「え?あ、はい。僕は大野蓮。……この島の住人です」


「大野さんですか……わかりました。よく覚えておきます」


 そう言って微笑む彼女の笑顔は、夕日に照らされて、一層綺麗に見えた。

 島全体は夕日に照らされていて、赤く塗られた音戸大橋も、今日ばかりは一層鮮明に見える。

 恐らく僕の顔も、あの橋の様に赤くなっているのだろう。


 渡し船で出会った東條京香と言う転校生。


 これが僕の、初恋だった。


 

 

 

 

 

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