第5話 待合所での出会い②


 「船に乗るんには桟橋まで行って、対岸の船頭さんに確認してもらう必要があるんです。ほいなら向こうが気付いて、船をこっちまで寄越してくれますから」


 どうやら美少女は待合所で待っていたら船がやってくるものだと思っていたらしく、かれこれ30分はここに居たとの事だった。


 「そうだったんですか、態々ありがとうございます」


 なので桟橋の上に移動し、今僕は見知らぬ美少女と会話をしている。この時間帯はいつも一人で渡し船に乗るのだが、今日は勝手が違う。


 この人と話してるとずっとフワフワとした気持ちになる。物憂げな表情は、何処か儚げな雰囲気を纏っていて、夕日に照らされている横顔は、息を呑む程に綺麗だ。


 「えっと、宮浦の学生さんですか?制服が同じなので……」


 沈黙が嫌だったので、僕は苦し紛れな質問をする。美人の前での緊張を解す目的もあった。


 「あ、はい。2年生です」


 なんとこの美少女、僕と同じ2年生らしい。それにしては随分と大人びている様に見える。しかし、こんな美人さんがあの学校に居ただろうか?立ち振る舞いも上品で、どこか浮世離れしている感じがした。


 「そうですか、僕も2年生です。……でも、この時間帯に僕以外に渡し船に乗る人は初めて見ました」


 観光の人では無い事は、来ている服を見れば分かる。

 しかし、こんな美人さんが宮浦にいたら、即刻有名人になっているはずだ。


 「それは……実は私……」



 「あいよー、お待たせー」

 美少女が何かを言おうとした途端、対岸から船がやってきて、船頭さんのやる気の無い声が聞こえた。エンジンの音もうるさくて、会話どころでは無い。


 「……とりあえず、乗りましょうか?」


 「……ですね」

 

 僕達は、とりあえず船に乗る事にした。


 



 渡し船に乗るとカランコロンとエンジンのアイドリング音が聞こえてくる。渡し船は屋根付きで出入り口には扉がなく、船自体の小ささも相まって海面がかなり近くに見える。


 「あい、出すでー。捕まっときいよー」


 いつもの気の抜けた船頭さんの声と共に、船は動き出す。

 出入り口から見える海面は夕日に照らされていて、波の波紋に合わせてキラキラと輝いていた。


 「……綺麗……」


 美少女からそんな言葉が漏れた。僕にとっては見慣れすぎた光景だが、彼女はにとっては新鮮らしい。吸い込まれるように、出入り口付近で海面をジッと見つめていた。

 すると、対面から大型船がやって来た。どうやらすれ違いをするようだ。大型船とすれ違った後は、大きな波が来るので、気をつけなければならない。この小さな船では、相当揺れてしまうのだ。

 しかし、美少女はそれに気付かず、ずっと海面を眺めている。


 「大きい波が来ますよ!」


 「……え?きゃあっ!!」


 すると、船が大きく揺れて美少女がバランスを崩し、海面に落ちそうになる。


 「危ない!!」


 咄嗟に反応した僕は、美少女の手首を掴んでこっちに引き寄せた。

 引き寄せた為身体は密着し、互いに抱き合う様な体勢になっている。


 「……大丈夫ですか?」


 「は、はい…すみません。ありがとうございます……」


 恐らく放って置いたら海面に落ちていたであろう。船頭さんに見られてなくて本当に助かった。見られてたらかなり怒られていただろう。


 揺れが小さくなるのを感じると、美少女の手首を離す。

 ようやく密着していた身体が離れるが、心臓は、破裂しそうなくらいにバクバクしていた。


 「ご、ごめんなさい……私、ボーッとしてて……」


 「い、いえ!落ちなくて本当に良かったです。大型船とすれ違うと大きな波が来るんで、今度から気をつけて下さいね」


 そんな心臓の音を誤魔化すように僕は早口でそう捲し立てる。それは美少女にとって怒っているように捉えられたのか、物憂げな表情を更に暗くした。

 「はい……」

 少し気まずい沈黙が流れる。今聞こえるのは船のエンジン音と、それに混じった波の音だけだ。

 すると、いつの間にか渡し船は対岸に着いていて。船頭さんがロープをボラードと呼ばれる船を留めておく為の出っ張りに巻き付け始めた。

 「着いたでー」

 船頭さんの気の抜けた声を聞き、美少女に先に降りるように促す。


 「あ、ありがとうございます」


 「ありがとおじさん。また明日」


 まだ少し揺れる小舟から美少女を先に降ろし、続いて自転車を押して僕も降りた。

 

 


 

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