第683話 ズィリャダンジョン・35

 風の精霊魔法の補助を受けた二人の速度は、魔力で身体能力を強化した時よりもさらに速い。

 その速度は圧倒的で、鬼人も徐々に受けきれなくなっていった。

 そこで鬼人がついに影の魔眼を使った。

 影の効果は鬼人の身を守るためのものだった。

 ルリカとセラの斬撃が、影によって作られた障壁にぶつかる。

 が、剣と斧は障壁をものともしないで突き破り鬼人に迫る。

 武器に付与された祝福による効果だ。

 ただ障壁に当たったことで勢いは少し、ほんの少し弱まり鬼人は回避に成功した。

 さらに障壁はその一度だけでなく、継続して作られた。

 それはルリカとセラの二人の行動を阻害したが、一分ほどで障壁は作られなくなった。

 それが魔眼の限界時間か?

 障壁がなくなると、再びルリカたちの攻撃が鬼人の身体に傷を増やしていく。

 それでも掠り傷程度で致命傷を与えることは出来ていない。

 戦いを見る限りこのまま攻撃を続ければ、いずれは鬼人の守りを突破出来そうだが、それが出来ないことを俺たちは知っている。

 それは二つの理由から。

 一つは風の精霊の力を借りた戦い方は、その使用者の身体を著しく酷使する。

 ある意味限界以上の力を出しているのだからこれは仕方ない。

 疾風で高速移動に慣れているルリカと、良くコンビを組んでいるセラだからこそ耐えることが出来ている。

 もう一つは術者への負担だ。

 制御が難しく、使っているだけで術者の魔力と集中力を奪っていく。

 そのため長時間の使用は控える必要がある。

 見るとクリスの額に大粒の汗が浮かんでいる。


「ヒカリ、頼んだ」


 俺が声を掛けると、ヒカリはコクリと頷き短剣を構えた。


「姉!」


 そして一言声を出したと同時に短剣を振り抜いた。

 短剣の切っ先から発生したのは風の刃、斬撃。

 ヒカリの声はルリカたちへの合図で、二人が鬼人から離れた。

 斬撃に巻き込まれないためだ。

 斬撃を追うように駆け出した俺は、鬼人が風の刃を剣で払う動きに合わせて剣を振り下ろした。

 俺の攻撃は勢いよく引き戻した剣で受け止められたが、背後からヒカリが斬り掛かる。

 それを鬼人は体の位置をずらして躱す。いつも通りの回避の仕方だ。

 ヒカリもそれは予測していたからか、すぐに体勢を整えて次の攻撃に繋げる。

 魔力で身体能力を上げて攻撃をし続けると、鬼人についていた傷が治っていくのが見えた。

 それを見ても、俺たちは焦らずに黙々と攻撃を続ける。

 この状況に絶望はしていない。

 見た目では無傷の鬼人が今目の前にいるけど、戦い始めてから数回だけど鬼人の身体に剣先が掠った。

 その傷はすぐに治ってしまうが、鬼人も最初に剣を交えた時に比べて余裕のようなものがなくなっているのが分かる。手応えを感じる。

 これが演技でなければ、だけど。

 だから俺たちは愚直に攻撃を続ける。

 その結果、睡眠の魔眼と影の魔眼を一回ずつ使ってきたのが確認出来た。

 やはり影の魔眼は影の障壁で守るようなもので、一分ほどで効果が切れた。

 その後も戦闘は続き、リックたちが戦い、アルゴたちが戦った。

 このアルゴたちとの戦いで、鬼人は最後の魔眼……強化をついに使用した。



 強化の魔眼。それは俺の使う強化と同じような、鬼人の身体を強化するものだった。

 鬼人がそれを使ったのは、アルゴの剣が鬼人の身体を深く斬り裂いたからだと思う。

 アルゴは別に俺たちみたいに魔力や精霊の力を使って体を強化しているわけではない、と思う。

 魔力察知を使ってもアルゴの魔力は特に変化していない。

 それなのにアルゴは鬼人の身体を斬り裂いた。

 今までは鬼人を捉えることが出来なかっただけで、当たればこのような結果を元々出せたのかもしれないが、本当のところは分からない。

 ただ分かっているのは、アルゴの剣が鬼人を追い込んだという事実だ。

 鬼人が強化の魔眼を使った当初は、速度が上がりアルゴの剣は空を切ったが、一〇分もすると鬼人の体を再び捉え始めた。

 けどその一撃は鬼人の身体にダメージを与えられない。

 確かに斬撃が入ったのに弾かれた。

 その意味するところは一つ。一〇分経っても鬼人の強化は続いているということ。

 実際鬼人の速度は上がったままだ。

 それなのにアルゴの剣が届いたということは、速度の上がった鬼人の動きについていけるようになったということだ。


「凄い」


 ルリカがそれを見て呟いた。

 それを聞きながら俺はアルゴを注視する。

 やはり特段アルゴの動きが変わったようには見えない。

 それなのにアルゴの剣が再び鬼人に当たる。

 一度、二度と弾かれたが、三度目で鬼人は血を流した。

 今度は動きに追い付くだけでなくダメージも入った。

 どうなっている?

 鬼人の動きを見る限り強化はまだ解けていない。

 というか魔眼の効果が長過ぎる。

 ボスだからなのか?

 そう思っていたら、目に見えて鬼人の動きが鈍くなった。

 そうなるとアルゴの剣が鬼人を確実に捉えていく。

 強化が切れた五分後。鬼人はその間影の魔眼を一度使ってアルゴの攻撃を凌いだが、結局影の障壁を出すことが出来なくなると、最後抵抗することも出来ずにアルゴの剣の前に倒れることとなった。


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