第679話 死亡率

 ダンジョンから戻った翌日は一日宿で身体を休め、その次の日からは資料室と、ギルドの鍛練所を使用した。

 何故今更鍛練所を使用したかというと、それは資料で見た一〇階のボスが原因だ。

 資料でボスに関することを読んで分かったのは、一〇階のボス部屋で死んだ者はこの資料が作成されてからただの一人もいないことが分かった。

 それはセーフティーゾーンがあって、尚且つここまで到達したほどの冒険者なら、引き際を間違えることがない、という単純な理由でないことが資料を読み返して分かった。

 一〇階のボスは守備に長けたボスで、その堅い守りを突破しないと倒せない。

 さらに一〇階は取り巻きも現れず、戦う相手はそのボス一体だけ。

 ただこのボスが強く、倒せないまま時間切れとなってしまい、再び挑戦するためには一〇階で鬼人を再び五〇体狩る必要が出てくる。

 そのため一〇階での死亡率は上がり、中にはそこでダンジョン攻略を諦めて九階などの他の階で稼ぐ者や、それこそここのダンジョンから離れる者も出てくるということだ。


「問題は俺たちの誰が戦うか、だな」


 鬼人の体躯は人とほぼ同じだから、一度に攻撃を仕掛ける人数は決まってくる。

 特に俺たちは魔法攻撃を除くと、遠距離攻撃を出来るのはヒカリとギルフォードぐらいだ。

 しかも二人とも本職ではないからな。

 先の探索では活躍したが、あくまであの個体が遠距離攻撃を苦手にしていたから通用した感じだ。ボスがそれと同じと考えるのは止めておいた方がいい。

 実際に資料を読むと、近接と遠距離での連携で攻撃したけど、完封されたようなことが書かれている。


「魔法も効果なし、か」


 リックの見ている資料を借りて目を通すと、魔法が一切効かなかったという一文があった。

 それを見たクリスは難しい顔をして考え込んでしまった。

 もともと魔法に関しては、鬼人に対しては有効打になっていなかったからこれは想定内ではあるけど。


「確か一〇階のボスの制限時間は一〇時間だったよな?」

「それで間違ってないぞ。ただアルゴ……」

「ああ、一〇時間戦い通すのは無理だろう。あくまで一人では、な」


 アルゴの言いたいことを理解したのか、ギルフォードたちは頷いている。


「問題は、ボスの体力だな。一〇時間通しても耐えられたら現状俺たちに倒せる手立てはないぞ?」


 アルゴはボスを休ませないように、ローテーションでボスと戦い、体力を削りながらチャンスをうかがう戦法でいこうと提案してきた。

 現在俺たちのパーティーは一一人。そのうち近接で戦えるのはクリスを除き一〇人だから、四組に分かれて常に攻撃をし続けていく。

 三、三、四などの三組にしないのは、俺たちパーティーとアルゴのパーティーで二組ずつにするためだ。

 戦うにしても、やはり元々のパーティーの者が組んだ方が練度は高いからな。

 互いに合わせることは可能だと思うが、合わせる分本来の力を発揮出来ないかもしれない。

 それに他が戦っている間は他の人たちは休憩をとる予定だから組数が多いほど体を休める時間を増やせる。

 もっとも資料には、確かにボスが率先してこちらに攻撃してこないとあるが、俺たちが戦う時はどうなるかは分からないから、ある程度警戒しながらの休憩にはなると思う。


「俺たちはどう分かれる?」

「私がセラと組むよ。だからソラたちは三人で。それにミアは他にも補助をするでしょう?」


 ミアは補助魔法を使用して、他のパーティーのサポートにも回る。

 だから俺たちが戦う時も俺とヒカリが主に戦う感じだ。


「クリスも拘束系の魔法をお願いね。動きを鈍らせることが出来れば、有利に戦えると思うし」


 ルリカはクリスにも声をかける。

 確かに直接のダメージは無理でも、行動を阻害する補助的な魔法をクリスは使える。

 問題は乱戦の中でそれを上手く標的に当てられるかだけど、そこは鍛練所で色々と試している。

 そんなこともあってか、ギルドでは俺たちが実力不足で一〇階の攻略をストップしているという噂が流れていた。

 漆黒と違って短い期間でダンジョンから戻ってきたのと、戻ってきた時に一度もギルドの方に素材を売りにいかなかったのもそんな噂が流れた理由でもあるようだ。

 ギルドに報告しなければ俺たちがどれだけ狩ったかなんて分からないからな。

 逆に漆黒が戻ってこないことに関しては、さすが漆黒という声が上がっている。

 漆黒のことを快く思っていない冒険者は一定数いるが、この町にいる冒険者の多くは何だかんだいっても漆黒に憧れてもいる。

 やはり大きなクランというのは冒険者にとって魅力的に映るのかもしれない。

 その一方で、一部厳しい顔をしている者たちも見掛けるようになった。

 それは漆黒に所属している冒険者たちだ。

 声を掛けられたら笑顔で応じているが、なんというか、緊張を纏っている? 張り詰めた空気を感じる。


「漆黒の奴らは帰れない状況なのかもしれないな」


 アルゴもそのことに気付いたようでそんな言葉を呟いた。

 そしてその三日後。新たなパーティーが組まれて漆黒が一〇階への階段を下りていき、その姿を多くの冒険者たちが歓声を上げて見送った。

 注目を浴びる漆黒たちが光なら、俺たちは影だな。

 影である俺たちは、その日、人知れず一〇階のボス部屋へと足を踏み入れていった。

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