第674話 予兆
宿に戻ったのはちょうど夕食時だった。
食堂で食事を摂ったら風呂に入り、その日はそのまま休んだ。
疲労が溜まっていたのか、起きたのは昼前だった。
寝坊したと思ったがヒカリたちもまだ眠っているし、食堂に行って話を聞けば、アルゴたちも誰一人顔を出していないと教えてくれた。
ダンジョンから戻ったばかりの人の中には、朝起きて夜寝るというサイクルが崩れる人が多いため、宿の人たちも基本戻った日の翌日は放っておく。
これが二日、三日と続くと何かあったのかな? と心配になって確認するそうだ。
「食事はどうしますか?」
「もう少し待ってみようと思う」
空腹を少し覚えているけど、一人で食べるのは寂しい。
俺は果実水だけを頼んで待つことにした。
出てきた果実水は、宿代が高いだけあってよく冷えている。
これが安宿だと
俺が喉を潤していると、外から食事を利用しにきた人たちが入ってくる。
宿同様、食事の値段も高いけど、そこは丁寧な料理を提供することで一定層を獲得しているようだ。
見ると商人や一般の市民の姿が多いけど、冒険者の姿もちらほら見える。
冒険者は質よりも量を好む傾向があるから、同じ値段で二倍の量を食べられるところがあれば、そこを利用する人が多い。
けど近頃は新たに提供し出した料理の効果もあってか、冒険者の利用者も増えているという。
これは調理場を借りる時にミアたちが教えた料理みたいだ。
「主、お腹空いた」
楽しく食べている姿を見ていると、階段からヒカリたちが下りてきた。
どうやら皆、目を覚ましたようだ。
セラの後ろにはアルゴたちの姿も見える。
ただタイミングが悪いことに、既に満席で、全員が座れるだけの席が空いていない。
「すいません。本当なら宿泊している皆さんを優先すべきなのですが……」
「ま、仕方ねえな。どうする? 外に行くか?」
「あ、あの。部屋に持っていきましょうか?」
「いいのか?」
「はい、もちろんです。ただ料理が出来るまで少し待ってもらうことになると思いますが」
アルゴの言葉に女将さんが答える。
「……ソラたちはどうする?」
「なら待つ」
ヒカリが代表して答えると、俺たちは一度部屋まで引き返した。
部屋は広いが、さすがに全員が集まって食事をすることは出来ないため、各部屋に分かれて食べることにした。
女将さんは待ってもらうことになると言っていたけど、驚くほど早く料理は運ばれてきた。
しかも丁寧に盛り付けてあるし、プロの技を見た気がする。
ただ一食分抜いていたこともあって、追加の料理をアイテムボックスから出すことになった。
あ、もちろん全員が追加の食事を摂ったわけじゃないよ?
食事を摂って休んでいると、宿の従業員が食器の回収にきた。
その時に食堂の……個室が空いたことを伝えてきた。
これは予め頼んでいたことで、俺たちはそれを聞くとアルゴたちと合流してその個室に向かった。
個室で話すのは今後の相談だ。
「とりあえず前回の探索は北方向に向かったから、次は南東の方を目指すのが一番効率がいいと思う」
俺はダンジョンから出る前に確認したMAPを思い出しながら言う。
鬼人は個体によってはその場に留まりあまり動かない者もいるが、大半はダンジョン内を動いている。
ただその多くも、まるで自分の領域が決まっているかのように、一定の位置を行ったり来たりしている個体ばかりだった。
例外も中にはいるが、それを考えるとそんなに配置は変わらないと思う。
「ただそれでも次を含めて、最低でも三回は行く必要があるかな? もちろん奥まで進んで狩れば、次の探索で規定数の討伐は可能だと思うけど」
それにはかなりの日数ダンジョンに滞在することになる。
往復することを考えれば、二週間以上は少なく見積もってもかかる。
これを短いと判断するかは人によって分かれそうだ。
「時間はかかっても、リスクが少ない方法で行こうぜ。少なくとも一〇階は独占して使えるわけだからよ」
あくまでそれは今のところは、だけどなとアルゴは言った。
アルゴは新参者である俺たちが一〇階で狩りを始めたことを知れば、古参の、もとからここのダンジョンで狩りをしている者たちが、触発されて一〇階の狩りを始めるかもしれないという意見みたいだ。
「それってリスクよりもメンツを取るってこと?」
「ルリカの言う通りだな。それこそ上位クランが複数あれば別だが、ここには漆黒以外は小規模のクランしかいないからな。特にここでの名声をほしいままにしていた奴らからしたら、気が気じゃないんじゃないか?」
特に今は漆黒も一〇階から手を引いている状態だからと、アルゴは付け加えた。
一〇階で狩りした身としては、漆黒の選択は正しいことが分かる。が、その実情を知らない者たちからしたら、どんな目で見られるかは分からない。
それこそ臆病者の烙印を押されることだってある。
もちろん表立って言う者はいないとは思うが。
「ま、その可能性もあると思って、もう少し話そうぜ。あとはそうだな……二、三日様子を見るのもありかもしれないな」
アルゴに賛成するように、ギルフォードたちも頷いていた。
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