第670話 三つ眼・1

 それは完全な不意打ちだった。

 誰一人その一撃に反応出来なかった。

 けどシールドのお陰で傷は負っていない。

 目の前に、ゆっくりと一つの像が浮かび上がった。

 そこにいたのは三つ眼の鬼人。

 憎々し気にその顔が歪む。

 仕留めたと思った攻撃が防がれたからかもしれない。

 その手に持つのは大きな斧だった。

 それを見た俺たちはすぐに戦闘体勢を取った。

 突然の出現に混乱しないで対応したのは褒めていいと思う。

 まずは固まらないように鬼人を中心に広がり互いに距離を取る。

 それに対して鬼人は一番近くにいる俺に斧を振り下してきた。

 鬼人から次の攻撃がすぐにこなかったのは、相手もまさか防がれるとは思っていなかったからかもしれない。

 俺はそれを剣で受け止めることなく躱した。

 剣でその一撃を受けるのは危険だと判断したからだ。

 アイテムボックスから盾を取り出そうとして、鬼人の左目が揺らいだのが見えた。

 一瞬、目の前の鬼人と周囲にいる仲間たちの姿が崩れたがすぐに戻った。

 何かしらの状態異常の攻撃を受けたのかもしれないが、問題ないと判断して踏み込んで剣を振り抜いた。

 その攻撃は鬼人が横にした斧で防がれた。

 肉厚のあるその大きな斧の刃の部分を、盾のようにして受け止められた。

 痺れることはなかったが、衝撃が剣を握る手にまで響いた。

 けどそこで手を緩めることなく俺は剣を振るう。

 攻撃の全ては盾で防がれるが、構わない。

 何故なら左右の斜め後方から回り込んだアルゴとルリカが死角から攻撃を仕掛けようとしているのが俺から見えたからだ。

 そしてそれは実行された。

 二人の剣が鬼人を襲う。

 その時、鬼人の右目が揺らいだ。

 瞬間。鬼人を中心に水が生まれた。

 その水は鬼人を包み込むと、二人の剣を受け止めた。

 いや、受け止めることに留まらず弾いた。

 アルゴとルリカの体が後方に押しやられる。

 けど鬼神の攻撃はこれからだった。

 纏っていた水が遅れて弾けた。

 数一〇発の水弾が全方向に放たれた。

 俺は回避出来たが、体勢が崩れているアルゴとルリカの二人は回避が遅れた。

 ぶつかると思ったその時、セラとリックの二人が水弾をそれぞれの斧で弾いた。


「セラ、ありがとう」

「いいさ。それより一度離れるさ」


 ルリカたちに続き、アルゴたちも距離を取った。

 俺も仕切り直すために距離を取ろうとして、再び鬼人の眼が揺らいだ。

 今度は二つの眼の上、額にある眼だった。

 目の前にいる鬼人の体が、風景に溶け込むように消えていく。

 と同時に、存在感……気配も消えていく。

 MAPにも反応がなくなる。

 俺たちが不意を打たれたのはこの魔眼の効果だったのか⁉

 それを理解した瞬間、俺はファイアーウォールとアースウォールを鬼人が最後にいたであろう場所を囲むように放っていた。

 これでどの方向に移動するかが分かる、はずだ。既に移動していなければだけど。

 それと問題は他にもある。

 再び見えるようになる条件が分からない。

 時間か? それとも何かしら鬼人が行動を起こしたらか?

 先の通りなら攻撃した時に効果が切れるとか?

 ならシールドを張れば防げるのか?

 けど連続で攻撃された場合攻撃を受けるリスクは出てくる。

 鬼人に学習能力があれば、一度の攻撃でこちらの守りを突破出来ないのはすでに理解しているはずだ。

 その時、魔力の反応が一つ消えた。

 内側に展開したファイアーウォールだ。

 音が鳴った。

 目の前のアースウォールから聞こえる。

 位置は……左側、ルリカたちのいる方からだ。

 チラリと見るとルリカとセラが緊張した面持ちで武器を構えている。

 アースウォールを突破された時、鬼人の姿が見えているか見えていないか……見えていないなら見えるようにすればいい?

 俺のアイテムボックスには髪を染めるためのアイテムがある。

 けどあれは量が少ない。

 では他には……。


「クリス、ルリカたちのいる方のアースウォールの上空に小さなトルネードを撃ってくれ!」


 俺の突然の言葉に、クリスは聞き返すことなくすぐに魔法を撃ってくれた。

 精霊魔法ではないから発動までの時間が早い。

 目の前でアースウォールの一角が崩れた。

 そこに鬼人の姿はない。

 正確には見えない。

 もしかしたら本当にいないのかもしれない。

 だから俺はそれを確認するために上空のトルネードに向けてアイテムボックスから取り出したモノを一歩二歩と歩きながら投げた。

 右と左腕、そこから投げられたのはウルフの死体。それも血抜きも終えていない未解体のものだ。

 投げられた死体は投擲スキルの補正の助けもあって、トルネードの中に吸い込まれ……撹拌された。

 引き裂かれた肉が飛び散り、それと一緒に血飛沫が上がり血の雨が降る。

 それは俺たちのところにも届いたが……見えた!

 赤い色が不自然に宙に浮いているのがいくつも見えた。

 それは印だ。

 ルリカたちもそれには気付いている。

 赤い色がゆっくりと移動する。

 それに対して俺は声を上げてナイフを投擲した。

 赤い色は止まり、少し移動した。振り返った?

 そのナイフは赤い色から大きく外れてアースウォールに当たり弾かれた。

 もちろん今の投擲はわざと外した。

 赤い色は何事もなかったかのように再び動き出す。

 ゆっくりとルリカたちに向かっていく。

 消えている間はゆっくりとしかうごけないとか?

 それと鬼人は自分に血が付着しているのに気付いていない?

 それに対してルリカとセラは周囲を警戒しているように見せるためキョロキョロとしている。

 たぶんあれもわざとだ。

 鬼人は尚もルリカたちにゆっくりと近付いていき……間合いに入るとそこで一度止まった。

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