第612話 スティア

「しっかしあの餓鬼が。やってくれたな」

「記憶がある……んですか?」

「ああ、いい、いい。普通に話せ。それとさっきの質問だが、記憶はある」


 そしてスティアは話し出した。

 何故ダンジョンに、一〇〇階に封印されていたのかを。


「ある日あの餓鬼……タニアがやってきてよ。どんなダンジョンかを見学しにきたんだよ。自分も作りたいって言ってな」


 スティアはそれで自慢のダンジョンを説明していい気分になっていたところで不意を突かれて、力を奪われた挙句に封印された。

 さらにはダンジョンの機能を色々といじられてしまったということだった。

 現在復活機能が正常に働いていないのは、タニアがそのようにした結果みたいだ。


「今その復活した時に起きることが出来ない人たちがいるんだけど?」

「ああ、知ってる。俺の力でどうにか被害が出ないように眠らせているからな」

「それを解除というか、助けることは可能なのか?」

「それは問題ない。と、少し待て。まずはダンジョンの状態をもとに戻す」


 スティアはそう言ったまま黙り込んでしまった。

 ひとまずこれでダンジョンをクリアというか、神様を解放したからここでの目的は達成出来たことになる。

 そこでふと、獣王が静かなことに気付いた。

 獣神っていったから、遠慮して話し掛けないとか?

 そう思い獣王を見たら、固まっている。まるで時間が停まっているように。

 これはマジョリカのダンジョンの時と同じ?


「ああ、一応関係者以外の時間は停めさせてもらった。もっとも一人無理な者がいたけどな」


 スティアの視線の先を見ると、そこにはネネがいた。

 ネネも固まっているけど、これは驚いて固まっているといった感じだ。


「その者は巫女みたいだからな。それでこの空間でも動けるんだろう。神託を受け取れるだけの力を持っているみたいだしよ。それだけ俺たちかみとの親和性が高いってことだ」


 スティアはたぶんな、と言って再び作業に戻った。


「驚きましたね」


 それを聞いていたネネが口を開いた。

 ただ言うほどあまり驚いているようには見えない。


「本当に驚いているのですよ?」


 心でも読まれたのかと思った。

 そしてクリスやミアが、ネネに事情を話している。

 ネネはそれを黙って聞いていたけど、話が終わると色々と質問している。


「うし、これで完成だ。あとは眠っている奴らを目覚めさせるだけだが……嬢ちゃんがいいな。俺の力を分けてやる」


 それに選ばれたのは、何故かミアだった。


「何でミアなんだ?」


 俺はセラとネネを見ながら言った。

 獣神と獣人繋がりで、力を分け与えるなら二人の方が適していると思ったからだ。


「まず嬢ちゃんを選んだ理由だが、神聖魔法を使えるからだ」


 不思議に思っていると、スティアがその理由を話し出した。親切というか律儀だ。


「あとは嬢ちゃんなら俺の力に耐えうる器があると思ったからだ。お前も色々加護を受けてるが、本来俺たち神の力っていうのは危険なんだ。下手すれば受け取った瞬間死ぬことだってあり得るからな」


 なるほど。ミアはその点神人になっているから、それが可能だということか。


「……あとは、まあ、文句を言われても困るからな」

「ん? 何か?」

「いや、何でもねえ。それに俺の力は他にも嬢ちゃんの願いを叶える力があるからな」


 言われたミアは首を傾げている。


「そうだな。ちょっと手を差し出せ」


 伸ばしたスティアの手に、ミアの手が重なる。

 うん、なんかお手をしているみたいだ。

 するとスティアの手が光、それがミアの中に吸い込まれていく。


「これで力の使い方が分かったな?」

「……はい」

「回復はただ嬢ちゃんの神聖魔力を強化しただけだ。それでもう一つの方は……実際試してみろ」


 ミアは頷くと、


「憑依!」


 と叫んだ。

 するとミアの頭には狼の耳が、足元に尻尾らしきものが見えた。

 その姿はまるで獣人そのものだ。


「ミア姉。セラ姉みたい」


 ヒカリがミアを見上げて興味津々と言った感じで見上げている。


「その状態になると身体能力が大幅に上がる。また体の強度も。これで嬢ちゃんが望んだ接近戦も熟せるだろうよ」


 ミアはそれを聞き、体の調子を確認している。

 ただ長時間それを維持することは出来ないようで、途中で元の人の姿に戻った。


「ま、慣れだ。徐々に馴染んでいくだろうよ。そうすれば長く維持することが出来るようになる。さて、他の奴らの報酬はこの階を突破した先の部屋で受け取れ。十の宝箱がある。中身は……きっと役立つものだろうよ」


 何が入っているかはランダムらしいが、開けた者に適したものが手に入るようだ。

 既にミアが報酬をもらっているのに十個用意したのは、獣王とフィーゲルが不審に思わないようにだという。

 宝箱の中にスキルスクロールをいれておくから、それを使ってスキルを覚えたように誤魔化せと言った。


「さて、それじゃ俺もちびっ子のところに連れてってもらうか」

「ここにいなくていいのか?」

「もういなくても大丈夫だろう。ま、あの資料室の内容だけは消させてもらうがな」


 それって一〇〇階のことが書かれたあの資料のことだよな。

 そうだ。一つだけこの際だから気になっていたことを聞いておこう。


「一ついいか?」

「ん? なんだ?」

「ここの階のフェンリルが強かったのは、フェンリルが元々強いのか。それとも獣神であるスティアが宿っていたから強いのかどっちなんだ?」

「ふ、そんなの決まってる。俺が宿っていたからさ」


 スティアはそう言うと、フェンリルの体から抜け出した。

 そこには白い小さな狼がいた。

 その狼の体は透けていて実体がない。


「ま、力を奪われた影響だ。とりあえずその腕輪に避難させてもらうわ。ああ、それと巫女よ。ここで聞いたこと、知ったことは内緒にな」


 スティアは最後にそう言い残し、俺の腕輪の中に吸い込まれるように消えていった。

 それと同時に停まっていた時間が動き出した。


「どうなってるんだ?」


 動き出した獣王の目の前には、息絶えたフェンリルがいる。

 確かにミアがしたことはある種の治療行為だから、それでフェンリルが倒れていたら驚くだろう。

 困る俺たちに、ネネが獣王に説明してくれた。

 もちろん本当のことは言えないから、嘘の話を。

 その時ネネは、神託を受けたとも話して、それを聞いた獣王は頷いていた。


「ま、実際死んでるわけだしな」


 と呟いた獣王は、先頭に立って奥の部屋への扉を開いた。

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