第611話 解呪

 目の前には伏せの状態のフェンリルがいる。

 フェンリルは憎々し気にこちらを睨み、唸り声を上げている。

 その濁ったような瞳には、正面に立つミアが映っていた。

 この状態にするまでに三時間かかった。

 パーティーメンバーの殆んどが満身創痍だ。

 特に獣王やセラが疲弊している。

 俺とカイナも最前線で戦ったが、俺はウォーキングスキルの恩恵が、カイナはゴーレムだから元気だったりする。

 ただミアの試みが失敗したら、戦闘の継続は難しいかもしれない。

 俺としてもこれで成功してくれという想いは強い。


 フェンリルの動きを止めるための戦いは、とにかく根気よく重力効果をフェンリルに付与することだった。

 数はたくさん作ったが、何処までダメージが入ればフェンリルの動きを止めることが出来るかは分からないため、乱発することは出来ない。

 そのため堅実に攻撃を止めて、確実に攻撃を入れる。

 ある意味基本に戻って戦っていたかもしれない。

 そのため派手な戦いにならないで地味な戦いになったため、体力の消耗は減ったと思う。

 ただ長期戦になったのは、加重を加えても時間が経つと回復してしまったからだ。

 それでもその回復も、全てが回復するわけではなくて、いくらかは蓄積して溜まっていった。

 それがなければフェンリルを止めることは出来なかったと思う。

 最初速度が戻った時は絶望したけど、鑑定して効果が継続していることが分かったから頑張れた。

 一番の危機は、ダメージが入ってフェンリルの戦い方が更新された時か、攻撃手段が増えて、心なしかパワーアップもしたから、この時は一時的に押されて下手をしたら前線を維持することが出来なかったかもしれない。

 この時後衛陣が全力で攻撃を仕掛けてくれたからどうにか維持することが出来た。

 その間に記憶スキルでフェンリルの新たな攻撃パターンを覚えられたのが、やはり大きかった。

 その分今度は後衛の援護がなくなったため、後衛陣が回復するまでの間は耐える時間が続いた。


「しかし、ソラは元気だな」

「体力だけは誰にも負けないかな?」


 歩いていればだけど。


「果たしてどうなるかな」

「信じて待つしかないかな」

「そう、だな」


 さすがの獣王も、素直に頷いた。

 戦うことが好きな獣王からしたら、まだまだここからだと言いそうだったけどそれがない。

 それとも獣王が好きなのは対人戦なのかな?


「始まるみたいだな」


 話しながらも注意をしっかりフェンリルに向けているところはさすがといったところか。

 俺も話しながらフェンリルに向かって重力魔法を使っているけど。

 もっとも魔法を使っているのは俺だけでなくクリスも使用している。

 逆に言うとそこまでしないとフェンリルを抑えることが出来ない。

 俺は目の前のフェンリルに目を向ける。

 正直このフェンリルは強過ぎる。

 もともとフェンリルという個体が強いのか、それともこの個体が特別なのか判断に困る。

 出来れば後者の方がありがたい。

 野良でこんなフェンリルにあったら命がいくつあっても足りない。

 というか倒せるのか?

 ……イグニスたち魔人なら倒せそうか?

 一番納得いくのはこのフェンリルが神様だった場合だ。

 それなら強いのは頷ける。

 その答えはすぐに出るはずだ。

 俺は杖を構えたミアを見た。

 ミアから感じる魔力が急激に上がっていく。

 そこには魔力以外の力も感じる。


「リカバリー!」


 ミアの口から唱えられたのはリカバリーの神聖魔法。

 ただその効果は俺の使うリカバリーの比ではない。

いや、俺だけじゃない。他の神聖魔法の使い手と比べても別次元の効果を持つ。

 俺たちの見守る中、リカバリーの魔法がフェンリルを包み込む。

 ふと、これで加重の効果が解除されないか心配になったが、どうやら大丈夫だった。

 思わず安堵のため息が漏れた。


「おい、見ろよあれ」

「ああ」


 獣王の言いたいことは分かる。

 リカバリーをしたことで一つ変化が見られた。

 先ほどまでは濁ったような瞳だったのに、それが透き通ったとまではいかないけど変化した。

 理性を戻した? は大袈裟なのかと思ったけど、その時魔法が弾かれた。

 突然のことに驚いたが、すぐに行動に移した。

 素早くミアの前に移動すると、庇うように立った。


「酷いことしやがる。重いじゃねえか。って、まあ、俺を救うためにしてくれたみたいだから仕方ねえか」


 そのフェンリルは俺たちを襲うことなく言葉を話し出した。

 口は動いていない、直接言葉が頭に響いている?


「しかも懐かしい気配を感じるな。ちびっ子にデカ物。それと真面目女か?」


 フェンリルは目を細めて、俺たちを見回す。

 やはりこのフェンリルが神様の一人、スティアか?

 俺がそこまで思った時に、フェンリルがニヤリと笑ったように見えた。


「ああ、その通り。俺が獣神スティアだ」


 目の前のフェンリルはそう名乗った。

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