第610話 フォルスダンジョン・30
フェンリルとの戦闘が始まって三時間近く経っている。
一進一退の攻防が続く……と言いたいところだけど、不可解なことが起こっている。
フェンリルと戦いある程度ダメージが入ると資料通り、攻撃パターンが変わっていった。
正確には攻撃のバリエーションが増えいったというのがた正しい。
そのため防御に比重をおくことを余儀なくされた。
ただこの辺りは想定通りで、違和感を覚えたのは三度目の新たな攻撃方法が追加された時だった。
カイナが攻撃を防いだが受けきれずに弾かれて、バランスを崩した。
そのまま追撃してくると思ったのに、フェンリルはしてこなかった。
いや、その時は寸でのところでヒカリとフィーゲルの援護射撃があったから防げたと思ったんだった。
けどそれが間違いであることが戦いを続けていくうちに徐々に明らかになった。
「手加減されてるのか?」
獣王が悔しそうに、困惑したように呟いた。
そう、フェンリルは何故か、止めを刺せるところまで俺たちを追い詰めると、一瞬動きを止めた。
それがなければ既に何人かは復活部屋へと送られていたはずだ。
俺たちは助かっているが、明らかにおかしく思うのは仕方ない。
九九階までにも危ない時はあったけど、魔物が途中で攻撃を止めるなんてことはなかった。
「うん、やっぱりそう。何か感じる」
フェンリルの突撃を受けて後衛まで吹き飛ばされた時に、ミアが話し掛けてきた。
「何か?」
「……上手く言えないけど、あのフェンリルは苦しんでいるようなの。それに……少しだけ懐かしい感じもする。この感じ……エリアナ様たちに似ているかもしれない」
「エリアナとカロトス?」
「うん、そう。あとエリザベートね」
俺は改めてフェンリルを視る。
鑑定ではレベルが読み取れない以外は普通の魔物と同じだ。
それは解析をしても変わらない。
けど言われて集中すると、エリアナたちと同じような気配を確かに感じる。
それは弱々しくて分かりにくかったけど、間違いない、と思う。
ならこのフェンリルが神様そのものか、魔物の中に封印されている?
そこまで考えて資料のことを思い出した。
まるでこちらの成長を促すように戦ってきたフェンリルの話。
エリアナの話を思い出した。
戦い好きで、鍛えることが大好きな神様の話。
妖精神に襲撃されて、この塔に封印された。
もしそんな神様が、現在のダンジョンの仕様を知ったならどうする? それを防ぐために動く?
……実際のところどうなのかは分からない。
神様の解放はダンジョン攻略をする必要があると思っていたけど、もし目の前のフェンリルに神様が封印されているなら、ダンジョンを攻略しなくてもいいのかもしれない。
問題はどう解放するかだ。
やはり倒さないと駄目か?
そうなると結局はダンジョン攻略と同じか。
「ねえ、ソラ。フェンリルの動きを止めることは出来ないかな?」
「動きをか?」
「うん、試してみたいことがあるの」
ミアはギュッと杖を握り締めて言った。
動きを止める、か……。
俺はフェンリルを見た。
今も獣王とセラの同時攻撃を防いで反撃している。
さらにブレスで後衛を狙ったため、俺はブレスの正面に立ちオーラシールドを使う。
攻守が一体になって、付け入るスキがない。
それにミアの言う動きを止めて欲しいは、注意を引いて一つのところに引き留めるという意味ではなくて、完全に拘束などをして抵抗出来ないようにするという意味だと思う。
その方法で最初に思いつくのは時空魔法だけど、あれは俺以外の時間が停まるから意味がない。
あとは弱らせて動きを鈍らせるか……クリスの精霊魔法で動きを止める?
そこでふと思い出した。
動きを鈍らせるということであまり使っていない魔法の一つを思い出した。
重力魔法。
これならいけるか?
「ルリカ、アイテムを作る。時間を稼いでくれ」
俺は声を張り上げてルリカに言った。
声を張り上げたのは、他の皆にも分かるようにだ。
フェンリルが人語を理解していたら分かってしまうが、この際それは考えないようにする。
魔法を使うにしても、成功率は出来るだけあげたい。
だから俺は投擲ナイフを取り出して付与をし直す。
付与する魔法は重力。刺さった対象……いや、当たった対象に加重を加える。
ただ加重効果は威力的に弱いみたいだから、そこは強化を使って威力を高める。
さらに錬金術で矢も作る。
それをヒカリやフィーゲル、ルリカに渡して作戦を伝えた。
数は多く用意したが、出来るだけ早めに勝負をつけたい。
効果を理解したら、きっとフェンリルは警戒するし躱そうとする。
クリスにも拘束系の……風や水の精霊魔法を用意してもらうように頼んだ。
これで準備は終了した。
あとはフェンリルの動きを止めて、ミアが試したいという魔法を使えるように場を整えるだけだ。
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