第609話 フォルスダンジョン・29
一〇〇階に入場すると、まず視界に入ったのは真っ白な毛並みをした大きな狼。光を受けて銀色に輝いている。
「大きい」
資料に載っていた通り、その体格は巨人族よりもさらに上だ。
ダンジョンへの入場が終了すると、伏せの状態からフェンリルは顔を上げた。
視線が合うとその瞳が揺れた。
一つ瞬きをすると、鋭い視線へと変わり一声啼いた。
するとフェンリルの前にフェンリルの大きさを三分の一にした一〇体の狼が出現した。
ミニフェンリルともいえる魔物たちは出現と同時に駆けてくる。
取り巻きを召喚したフェンリルは再び伏せの体勢に戻ると、目を細めてこちらを見ている。
それに対して予習していた俺たちは臨戦態勢に入っている。
詠唱を終えていた魔法を放ち、投擲武器が宙を舞う。
魔法を付与した投擲武器は爆発を生み出して、直接当たらなくても敵の進行を妨害する。
しかしミニフェンリルたちはそれを躱しながら突き進んでくる。
その速度はケルベロスよりもさらに早い。
「来るぞ!」
獣王の呼び掛けに俺とカイナは前に出る。
弾幕を抜けてこちらに到達したミニフェンリルの数は七体。
三体も倒せたのか、三体しか倒せなかったのかは分からないが、数を減らせたことは大きい。
ミニフェンリルは標的を決めて一対一で戦うように動くとあった。
またその時、近くにいる者を標的にするとも。
ここで俺たちはミア、クリス、フィーゲルを残して一斉に前に出た。
これで後衛の三人は、七人のうちの誰かが倒されるまで襲われることはない。
ではこの一対一で自由になった者が遠距離から攻撃を仕掛けるとターゲットが変わるかというとそれはない。
ただ素早く動く敵に、接近戦で戦っているところに遠距離攻撃を当てるのは、味方を巻き込む危険があるから躊躇する。本来なら。
フィーゲルは一瞬間合いが出来たところで矢を射て、クリスもファイアーアローを撃って援護する。
先に倒れたのは獣王とルリカと戦っていたミニフェンリルだ。
その二人はクリスとフィーゲルの援護をもらい、有利に戦いを進めていた。
それこそ互いにどう動くかが分かっているような、息のあった攻撃だ。
数的有利になると、そこから戦況は大きく傾いていく。
俺が剣を振り抜き、ミニフェンリルはそれを軽々と回避する。
だけど間合いを取るために飛び退いた先には、自由になったルリカがいる。
ルリカは着地をする直前のタイミングに疾風を発動する。
ルリカの双剣とミニフェンリルが交わり、やがて消えた。
そうして一体一体倒していけば、ミニフェンリルは最後の一体になっていた。
戦うのはヒカリ。相対するミニフェンリルの動きは明らかに精彩を欠いている。
鑑定すれば、ミニフェンリルは麻痺の状態異常にかかっている。
最後はバランスを崩した時に一気に間合いを詰めると、ヒカリはミスリルの短剣を振り抜き喉を斬り裂くと、ミニフェンリルは溶けるようにして消えた。
「ヒカリ、大丈夫か?」
「うん、問題ない。それより次」
息を整えるヒカリの先には、顔を上げたフェンリルがいた。
資料通りならここでフェンリルは話し掛けてきたらしいが、残念ながら攻撃を仕掛けてきた。
俺は最前線に立つとアイテムボックスから盾を取り出しシールドマスターのオーラシールドを使う。
半円の領域が展開されて、後ろにいる者たちを守る。
フェンリルが放った攻撃はブレスで、オーラシールドを激しく叩く。
すかさずミアが補助魔法を掛けてくれたが、嫌な音が鳴り響く。
このままではオーラシールドが破られると思い、俺は強化のスキルを使った。
すると音は鳴り止み、数秒後続いていたブレスも終了した。
ホッと息を吐きそうになり、俺は身を強張らせた。
いつの間にかフェンリルが、目の前まで移動していたからだ。
フェンリルは勢いを殺さずそのまま突進してくる。
まさにオーラシールドの効果が切れたところを狙われた。
俺はオーラシールドを再び使おうとして……止めた。
既に間合いが詰められているからだ。
だから腹を括った。
まずは一撃、盾で受け止めようと。
フェンリルはどのような攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、そのまま体当たりを選択した。
それに対して俺は腰を落として衝撃に備える。
激突した瞬間。盾を通して衝撃が腕まで伝わってきた。
吸収を付与してあるのに痛みが走る。
それでも後ろに吹き飛ばされなかったのは、今まで大柄の魔物と戦った経験があったからだろう。
衝撃が足元に向くように受け流し、体が浮くのを防いだ。
フェンリルはそれを見てまるで嬉しそうに鳴き、次なる攻撃へ移ろうとした。
が、その前に反撃が開始された。
ルリカが疾風を使いながら剣を振り抜き、左右の側面から獣王とセラがそれぞれ攻撃した。
結果は……無傷?
いや、下の階の魔物だって、魔力がある間は攻撃を防いでいたんだから、それは仕方ない。
とにかく今は攻撃を防ぎつつ、少しでも多く攻撃を当てて消耗させていくしかない。
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