第600話 ケルベロス

 九五階突破の翌日。資料室に足を運んだ。

 話し合うのはケルベロス対策だ。

 そこにはジッとしているのが苦手と言っていた獣王の姿がある。


「本当は来たくなかったんだがよ」


 どうもネネに、


「貴方に何かあったら私……」


 と言われたかららしい。

 惚気られたが、その話を傍にいて聞こえているはずなのにネネの反応はない。

 そして俺の背後では、


「獣王様コントロールされてるね」

「はい、凄いです」


 とルリカとクリスの囁き声が聞こえてきた。

 その様子を見たフィーゲルはため息を吐いていた。

 リュリュと同じでなんか苦労していそうだ。


「……やっぱこの二つの魔法が厄介だな」


 資料に目を通しながら、獣王が口を開く。

 何だかんだと作業が始まるとその集中力は高い。

 真剣な横顔は、さっき愚痴を言っていた者と同一人物だとは思えない。

 その獣王が厄介と言っている魔法はヘルファイアとヘルウォールの二つだ。

 ヘルファイアは対象を燃やし尽くすまで燃え続ける炎なのは、以前ケルベロスのことを調べる時に目にしていた。

 もう一つのヘルウォールというのは、ヘルファイアと似ている防御系の魔法だ。

 防御といっても守るだけでなく、ある意味攻撃にもなり得る魔法だ。

 これは触れた対象に燃え移るという効果があり、ヘルファイアのように燃やし尽くすまで燃え続けることはないが、一定時間効果が持続されるみたいだ。

 さらにこれは人体よりも装備品に及ぼす効果が高い。


「攻撃を守るだけでなく破壊する炎、か……」

「こいつは厄介だな」


 ルリカの言葉に獣王も腕を組んでしまった。

 確かにこれは厄介だ。

 特に武器なんてものは、貴重な素材を使っているものや、魔剣などの珍しいものなんて替えがきかないものも多い。

 それこそ財産の多くを装備に費やす冒険者だっている。というか上を目指すならそれは必須だ。


「かといって量産武器を使っても、攻撃が通るかわからねえからな」

「それなら魔法メインになるのか? 攻撃途中で魔法を使われたら防ぎようもないし」

「ソラ、一応ヘルウォールに関しては前兆があるみたいですよ」


 俺と獣王が頭を抱えていると、クリスが言ってきた。

 クリスの指し示す場所を読めば、確かに予備動作があると書いてある。


「……ただこれを全て鵜呑みにするのは危険かもしれませんね」

「はい、今までも資料にない動きを魔物たちはしてきましたから」


 ネネの指摘にクリスも頷く。

 確かに今までの戦いで資料にない魔法を使ってきたりと、新たな発見があった。


「ねえ、クリス。おばあは何か知ってないかな?」

「お婆ちゃんですか?」

「うん、物知りだしさ……」

「そんな人がいるのか?」

「獣王様も王国で会っているよ。ほら、王国に捕まっていたエルフの一人で……」

「ああ、あのエルフ様か。けど確か、あの人は共和国に戻ったんじゃないか?」

「うん、けど連絡する手段はあるからさ」


 ルリカの言葉を受けて、クリスは俺の方を見た。

 きっとここで使っていいかの確認をしにきたんだと思う。

 俺が頷くと、クリスは早速通信機を取り出して魔力を流した。

 しばらくするとクリスが話し始める。

 楽しそうな声が聞こえるのは、エリスと久しぶりに話すからかもしれない。

 あ、ルリカとセラも挨拶を始めた。


「なあ、あれはもしかして遠方の人の話せる魔道具か?」

「そうだよ」

「本当か? あんなに小さいのに⁉」


 俺が説明すると獣王は驚いた。


「ダンジョンか何処かで手に入れたのか?」

「……一応俺が作った」

「! 他にも用意出来るのか!」


 勢い込んで聞いてきたため思わず仰け反った。

 顔が近すぎる。


「素材が……あれば可能だけどあれは使う人を選ぶんだ」


 使用者の魔力を消費して使うから魔力がない人だと使えない。

 そもそもそ作るための素材が手に入らないから無理だ。


「それがあればかなり楽に連絡が取れるんだけどな。まあ、別の通信装置はあるが、あれも魔石の消費が激しいからな」


 あとは設置式だから、持ち運びが出来ないという話だった。


「まあ、何にせよ。あのエルフ様が対処方法を知っていることを祈るしかないな」


 チラリとクリスを見ると、頷きながらメモを取っている。

 ということは、モリガンはケルベロスのことを知っているのか? もしくはヘルファイアとヘルウォールに関する知識かあるか。

 やがて皆資料を見る手が止まり、クリスの通信が終わるのを待った。

 別にサボっているわけではなくて、ただ単に資料を読みつくしただけだ。

 そもそも上層階の資料は書き込みが他と比べて少ない。

 それは上に行くほど量が減っていく。

 これはただ単に上層階に到達出来る人数が多くないからだ。

 ケルベロスの資料では、装備品を失った怨嗟の声が多かったけど。

 この頃は特にペナルティーもなく復活出来たから、武器を守るために死んだとあるけど、それを読んでいてふと思った。


「これって、死んだ時に武器がダンジョン内に残っていたらどうなるんだ?」

「確か宝箱から出て来るんじゃないか?」


 獣王もダンジョン上層階を攻略した時に手に入れた武器があるそうだ。

 そして他にも色々な話をしていると、やがて通信を終えたクリスがモリガンから聞いた話を俺たちにしてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る