第588話 フォルスダンジョン・19(ルリカ視点)

 七五階に入場すると、ヘルハウンドが向かってきた。

 その動きは前の階と比べても遅いから、レベルは八〇以下かな? と思った。

 けどそれがすぐに間違いだと気付いた。


「召喚⁉」


 思わず声が出た。

 召喚する時間を稼ぐために、わざと速度を落としていた?

 今まで動きながら召喚したことがなかったのもあって、完全に不意を突かれた感じ。

 近距離で召喚されたヘルハウンドは四体。そのうちの一体は私の方に向かってきた。

 前脚による攻撃を後ろに飛んで躱し、着地と同時に前に出て斬り付けたけど手応えはない。

 私は目の前のヘルハウンドに注意しながらチラリと周囲を見た。

 ソラが二体、あとはセラとカイナがそれぞれ一体ずつ相手にしている。

 クリスたちの方には行っていない。

 そのことに安堵した。

 ひとまず目の前の敵に集中することが出来る。

 さらにクリスとヒカリちゃんがソラの援護に入った。

 これでソラが相手している取り巻きを素早く処理してくれてボスを引き付けてくれれば、その間に私たちが取り巻きを倒す。

 そこまで行けばもう勝負はついたものだ。

 そう思っていたのに予想外のことが起きた。

 ソラたちは無事取り巻きを倒すと、そのままソラはボスを相手にし、クリスとヒカリちゃんはひとまず私たちの方に援護に来てくれた。

 その時だった、三体の取り巻きの動きが変化したのは。

 取り巻きたちは合流すると、二体が前衛、一体が後衛となって陣形を組んで戦ってきた。

 前衛が近接攻撃、後衛は魔力弾による遠距離咆撃で援護してくる。

 それに対して私たちもカイナにクリスたちの守りを任せて、まずは前衛から各個撃破を試みる。

 ヒカリちゃんが一体を受け持ってけれている間に、私とセラでもう片方の前衛を叩く。

 私は素早く武器を吸収スキルの付与した武器に変更した。

 セラの一撃を受けたヘルハウンドは、セラを脅威と判断して私への警戒が下がる。

 私はそれ幸いと連撃を入れて魔力を削っていく。

 ここが攻め時と判断したヒカリちゃんとクリスも私たちが相手にしているヘルハウンドを攻撃する。

 猛攻に晒されたヘルハウンドは、明らかに劣勢だ。

 今まで攻撃が当たっても守られていた体に、傷が増えていく。

 そしてセラが最後の一撃を入れたその瞬間、それが起きた。


「えっ」


 最初の時と同じように、声が出た。

 だって突然新たに十体の取り巻きが召喚されたから。

 チラリとソラの方を見ると、ソラは一人でボスの相手をしている。

 それじゃ誰が?

 私はいつの間にか距離を取っていた、フリーになっているヘルハウンドを見た。

 最初こそ遠距離攻撃で援護していたのに、いつの間にかその攻撃は止まっていた。

 召喚するため?

 けどギルドの資料でも、取り巻きが召喚を使った記録はなかったはず。


「カイナ、クリスとミアをお願い。セラ、ヒカリちゃん。とにかく数を減らすわよ!」


 こんな時ソラがいてくれると助かるけど今は駄目だ。

 私は武器をミスリルの剣に交換すると、疾風を使って斬り掛る。

 今は一体でも多く数を減らすことを優先する。

 クリスもカイナに守られながら火の精霊魔法で攻撃する。

 ヒカリちゃんも斬撃スキルを惜しみなく使い、セラも間合いを一気に詰めると手に持った斧を勢いよく振るう。

 幸いだったのは、数こそ増えたけど強さが下がったところかな?

 けど数はそれだけ厄介だ。

 しかもクリスが範囲魔法で複数体を葬り去っているのに、次々と召喚してくるから数が減らない。

 私たちも最初こそ数を減らすことが出来たのに、それが追い付かない。

 体力が徐々に落ちているのも影響している。

 傷は……ミアの神聖魔法のお陰で負ったそばから治療してくれるから大丈夫。

 本来ヒールは対象に近付いてやるもの。それを遠距離でこなしているから、きっと無理をしているはず。


「ルリカ、前に出過ぎさ」

「! ありがとう。セラ」


 危ないところだった。

 前に出過ぎて囲まれるところだった。

 頭では分かっているけど、次々と増えるヘルハウンドを前に焦っていたみたい。

 私は大きく息を吐いて周囲を見渡す。

 やっぱり数が多過ぎる。

 ソラもボスと戦いながら魔法を放って数を減らしてくれているけど追い付かない。

 このまま耐え続けて召喚が出来なくなるのを待つ?

 それは駄目。

 資料に書いてあったのは、あくまでボス一体が召喚した場合だ。

 ならどうすればいいの?

 ……召喚されるよりも早い速度で倒すしかない。

 けど手数が足りない。

 魔法を付与した投擲武器でも広範囲にダメージを与えることは出来るけど、倒すだけの威力はない。

 せいぜいダメージを与えて詠唱を妨害するのが関の山だ。

 クリスに頼るしかない?

 ううん、クリスが凄くても限界はある。

 なら私たちが頑張るしかないけど……手数、手数が……一つだけ方法がある?

 やったことはない。

 それでもやらないといけない。


「セラ、私が左側のヘルハウンドたちを担当するから、セラは右側をお願い」


 私はクリスにもどちらを狙うかを教えるため、サインを送った。

 そして私はミスリルの剣に魔力を流してヘルハウンドに向かう。

 使うのは疾風スキル。

 ただ今回は移動からの攻撃には使わない。

 その速度を手数の回転数を上げるために使う。

 出来るかどうか分からない……違う、やるんだ!

 私はいつものように近付いて間合いに入る。

 ヘルハウンドの前脚をかいくぐると、そこで疾風を発動して剣を振るう。

 何度も何度も何度も剣を斬り付ける。

 それも目にも止まらない速度で。

 体が悲鳴を上げる。

 腕が千切れそうだ。

 傷みで体が止まりそうになるけどグッと我慢する。

 体が光に包まれて痛みが緩和される。

 ミアのお陰だ。

 だけどすぐに痛くなる。

 それを何度も繰り返しながら、私はヘルハウンドを狩っていく。

 斬る、斬る、斬る。

 斬りながら足も動かし相手の攻撃を躱す。

 何度も、何度も、何度も。

 今まで一体倒すのにかかっていた時間が大幅に短縮される。

 倒したら次、倒したら次と近くにいるヘルハウンドから倒していく。

 気付けば周囲にいたヘルハウンドは一体もいない。

 私はまだ戦闘の起きている場所に向かおうと振り向き、そこで足に力が入らず倒れそうになって……誰かに受け止められた。

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