第562話 サイフォン・視点2
村を発って五日目。ライトが言うにはかなり深いところまで来たと言っていた。
「俺たちもここまで来たのは初めてかもしれない」
「そうなのか?」
「ああ、ネルに止められていたのか……な?」
ライトが首を傾げながら言った。
ここに来るまでの間、魔物と二度遭遇した。
レッドオーガ三体とミノタウロス二体だ。
ただ様子が違った。
奴らはまるで何かと戦ったあとのように負傷していた。
それこそ逃げてきたかのように見えた。
進むかどうか話し合った結果。何が起こっているか確認だけでもした方がいいという結論になった。
「危なくなったらアルゴたちが逃げるだけの時間は稼ぐさ」
ライトの言葉に、他の獣人たちも頷いている。
皆責任感の強い奴らだ。
最初はライトたちだけで行くと言ってたほどだからな。
本当ならそれに従い退くのが一番だが、それで何かあったら寝覚めが悪い。
最悪の場合はナオトたちやルリカたちは無事逃がさないとな。
斥候役のギルフォードやオルガを中心にさらに奥へと進んだ。
進むたびに息苦しさのようなものを覚えた。
風で揺れる枝葉の音がやけに大きく聞こえる。
分かる。この先に危険があるのが。
それでも足が止まらない。
引き返すぞの言葉が出ない。
まるで何かに引き寄せられているかのようだ。
「一度休憩しよう」
ライトの言葉に息を大きく吐き出した。
「感じるか?」
「ああ」
アルゴが尋ねてきたから頷いた。
喉がカラカラで、俺は水を一口飲んだ。
ライトを見れば迷っているように見えたが、引き返すという言葉はついに出なかった。
俺もここまで来て分かる。
この先に何があるか気になるし、確認は必要だと。
そして進んで行くと音が聞こえてきた。
それは徐々に大きくなり、俺たちはそこで見た。
「あれは巨人?」
ルリカの呟き声が聞こえた。
巨人……確かに人ではない。
身の丈は三メートル近くある背の高い人が、オークたちと戦っている。
ただジャイアントと違って魔物にも見えない。
魔物と対峙した時のそれとは感覚が違った。上手く表現出来ないが。
「おいおい、あれってオークロードじゃねえか」
アルゴの言う通り、オークロードだ。それ以外にもジェネラルとメイジなどの上位種の姿も見える。
しかし……二メートルを越すであろう巨躯のオークたちが小さく見える。
ただその戦い方は豪快だ。
動きは鈍いが一撃が重そうだ。
盾を構えたオークを吹き飛ばし、倒れたところを複数人で一斉に叩き潰している。その一方的な虐殺風景に寒気すら覚えた。
それは俺だけでなくオークたちも思ったようだったが、オークは果敢に戦いを挑んでいった。
結果はまあ、オークたちの死体が積み上がっていくだけだ。
その戦いを見ていて心がざわついた。
目が離せず、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
魔物を殺されて怒る? そう、俺はこの時、オークが殺されてそのような感情を覚えた。
そのことに思い至り動揺した。
何故だと自分自身に問うたけど分からない。
俺がそんなことを考えている間も戦いは続く。
オークたちの数は刻一刻と減っていき、最初五倍以上あった数の差はなくなり、今ではオークたちの方が少ないほどだ。
それで一つ疑問に思った。
目の前のオークの群れにはロードをはじめとした上位種がいる。
上位種はただのオークと比べて知能もある。
それなのに特に策を練って攻撃するわけでもなく、また不利な状況になっても退こうとしない。
上位種といっても個体差はあるし、別に必ず不利になったからといって退却するとは限らないが、それでもその戦いぶりに違和感を覚えた。
俺はそんなオークたちの様子を観察していてあることに気付いた。
それは目だ。
目の前に敵がいれば集中するのは当たり前だが、その目はまるで巨人たち以外が見えていないように見えた。
あとはその険しい視線。怒気を孕んだそれは、仲間たちが殺されたからだけじゃないような気がした。
結局結論を言うと、オークたちは最後の一体になるまで戦い続け、やがて全滅した。
それを見て思ったのは、森に魔物がいなくなった原因は、目の前の巨人が関係しているのではないかということだ。
ここに来るまでに遭遇した魔物も、巨人との戦いに敗れて逃げて来たのではないかとも思った。
「ライト、どうするんだ?」
俺はライトに声を掛けて気付いた。
ライトだけではない、他の獣人も、またアルゴたちのパーティーメンバーの中にも、それとジンとオルガもそうだった。
目の色が変わっていた。
それはまるで先程まで見ていたオークのそれと酷似していた。
「お、おい、大丈……」
俺が声を掛ける前に、突然ライトたちが動き出した。
武器を手に持ち突進していったのだ。
走る先には巨人たちがいる。
俺は残ったナオトたちを見て、ガイツと目が合った。
「止めるぞ」
俺が言うとガイツが頷き盾を叩いた。
せめて被害が出ないでくれと祈りながら、俺たちはライトたちを追いかけて走り出した。
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