第545話 本選四日目・3
シュンがゆっくり前に出た。
「そろそろ決着だな」
アルゴの言葉に、サイフォンも頷ている。
既に二人の戦いが始まって三〇分近くが経っていた。
その間二人は攻撃を繰り返していた。
いつしか二人の戦いを見ていた者たちはその瞬間を見逃すまいと、瞬き一つしないで魅入っていた。
二人の距離が狭まってきて、最初に動いたのは獣王だった。
剣の間合いになった瞬間。一気に大きく踏み込んだ。
連続して放たれるその攻撃を、シュンは全て紙一重で躱す。
ギリギリで躱した拳を変化させてシュンを掴もうとしたが、それすらシュンは紙一重で躱す。
その動きにアルゴたちが感嘆の声を上げる。
しかし獣王はそれに驚くことなく攻撃を続ける。
その間シュンは一撃も攻撃を仕掛けない。
まるで次の一撃に全てを賭けでもしているように。
獣王はそれでも構わず攻撃をするが、徐々に精度が落ちていっているように見えた。
それは本当に僅かな差だが、今までの獣王とはちょっと動きが違うように見えた。
「準備が整ったな」
ナオトの言葉に応えるように、防戦一方だったシュンが攻撃に転じた。
それはフェイントも何もない、単純に剣を振り下ろしただけだった。
しかし獣王はそれを躱そうとしないで、剣に向けて拳を突き出した。
剣と拳、それが交わることはなかった。
まるでそこに何かがあるように、剣と拳は途中で止まり……瞬間、その中間地点から爆発的なエネルギーが外側に向けて迸った。
観客席の方は無事だが、舞台の近くに置いてあったものが弾け飛んでいる。
「あれはシュンのスキル……まあ、必殺技だ。溜が必要だから使いどころが難しいんだ。けど……」
ナオトの言葉に、俺は鑑定や気配察知、魔力察知のスキルを使った。
するとシュンの方は分からなかったが、獣王の拳に膨大な魔力に覆われているのが分かった。
もしかして獣王の動きが悪かったのはこれの用意をしたから?
そしてその膨大な魔力をもってしても、シュンの剣を押し返すことが出来ていない。
ただそれはシュンの方も同じだ。拳を押し返せない。
力は拮抗しているのか、剣と拳は小刻みに震えているが前に進めない。
シュンからは魔力の類のものは一切感じられないから、別のエネルギーなのだと思う。
たぶんだがソードマスターみたいな攻撃系のスキルだと思うが……。
俺がそんなことを思っている間も、膨大なエネルギーは吹き荒れている。
しかしそのぶつかり合いも、唐突に終わりを迎えた。
獣王の拳が少し前に進み、それを合図に一気に弾け飛んだ。
それこそそこに溜まっていたエネルギーがシュンの方に押し出されでもしたように、剣を持っていたシュンは客席に向かって水平に吹き飛び、壁に激突して闘技場から消えた。
それは致命傷を負った証であり、この瞬間獣王に勝利が確定した。
もっとも勝った本人は突き出した拳を下ろすと、舞台に膝を突いた。
意識こそあるが、苦しそうだ。
しかし獣王は呼吸を整えると、苦しそうな表情を消して拳を突き上げた。
それを見た瞬間、観客は歓声を上げ、そして獣王の勝利を告げるアナンスが流れた。
表彰式が終わると、観客は外へと飛び出していった。
これから武闘大会について語りながらバカ騒ぎをするのがいつもの光景なのだそうだ。
戻ってきたシュンは悔しそうだった。
シュンの攻撃はやはりスキルによるものだったようで、溜めた力を一気に解放して敵にぶつけるものだそうで、短期決戦用の必殺技で、本来はあれほど長くエネルギーを維持するものではないそうだ。
「ドラゴンに止めを刺した一撃だったんだけど……」
シュンの言葉に、それを聞いた俺たちは驚いた。
それだけの攻撃を獣王は防いだというわけだから。
その当の獣王は、現在医務室で治療中だ。
致命傷を負わず耐えたから、回復はしなかったようだ。
一応ミアがヒールをして傷は治療したけど、魔力を使い果たした影響でグッタリしていた。
「凄い一撃だったすね。獣王様をあそこまで追い込んだのは、シュンさんが初めてだったすよ」
リュリュの言葉に、周囲にいる獣人の騎士たちも頷いている。
「あとは自業自得っすね。どうせ獣王様のことっす。シュンさんの必殺の一撃に対して正面から受け止めようとでも思ったっすね」
シュンにそんな攻撃があるのを知っていたかどうかは分からないが、あの獣王のことだから本能的に何かを感じ取っていたのかもしれない。
だからこそそれに備えた行動を取れたわけだから。
「ま、獣王には負けたが善戦したのは間違いない。俺じゃあそこまで戦えなかったろうしな。シュンは間違いなく強くなってるよ」
アルゴのその言葉に、シュンは驚きの表情を浮かべたがすぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
シュンたちはアルゴたちと長いこと一緒に行動しているから、そんなアルゴに褒められたのが嬉しかったんだろうな。
その後俺たちも武闘大会について盛り上がりながら、用意した料理に舌鼓を打って大いに騒いだ。
今日ばかりはユーノもサイフォンがお酒を飲むのを止めなかったようで、サイフォンたちは羽目を外して飲んでいた。
もっともそれはサイフォンたちだけに限らず、夜が更けても街の方から喧騒が聞こえてきていた。
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