第541話 本選三日目・1

 武闘大会もいよいよ残すところあと二日。今日は準決勝が行われ、明日が決勝になる。

 ちなみに三位決定戦のようなものはないようで、明日は前座となる試合も一切ない。

 明日は、ということで今日はあるから実際戦っていた。

 そしていよいよ準決勝の第一戦が始まるということになり選手が入場してきたら割れんばかりの歓声が上がった。

 それは今までのどの試合よりも大きかった気がする。


「こいつはやりにくいな」


 サイフォンの言葉に、ここにいる一同が頷いている。

 歓声を受けたのは獣王のエンドその人。にこやかな表情で観衆たちに手を振っているが、笑顔なのは上機嫌だからだ。

 やっと出番が回ってきて戦えるからだ。


「けど人気が凄いな」

「人気だけは凄いんすよ」


 俺の呟きにリュリュが答えた。

 頭を押さえているが大丈夫か?

 獣王は裏表がないし、正義感が強いし、国もしっかり治めているし安心感があるのかもしれないな。

 時々困っている人がいると助けにいくとか言ってたし。あ、そういえばルリカたちが最初に獣王国に来た時も目撃したようなこと言ってたな。

 俺は続いて舞台の上に現れたガイツに目を向けた。

 完全にアウェーだな。

 けどガイツは焦った様子が一切なく落ち着いている。

 いや、獣王に集中している。

 これ程集中しているガイツを見るのはダンジョン以外では初めてかもしれない。

 やがて開始の合図と共に戦いの火ぶたは切って落とされた。

 ガイツは盾を構え守りの姿勢。獣王は一直線に向かって行く。

 盾をものともせずに右腕を振り抜けば大きな音が鳴り響いた。

 けどガイツは一歩も後退せずにそれを受け止めた。

 それだけで歓声が上がった。

 それからは獣王は盾なんか関係ないとばかりに攻撃を繰り返す。

 もちろん馬鹿正直に盾を殴る蹴りをするだけでなく、回り込もうと動き回っている。

 けどガイツは最小限の動きで回り込み、確実に正面から攻撃を受けるように体を動かしている。

 これはいつものガイツの戦い方だ。

 攻撃を受け止めることで相手の体力を奪っていく方法だ。

 素人目線からすると詰まらない戦い方と映るかもだが、冒険者や腕に自身のある者たちは集中してそれを見ている。

 盾とはいえ、攻撃を防ぎ続けるのは精神を削る作業だ。

 攻撃に比べて守りは失敗すると致命傷に繋がるリスクがあるからだ。

 しかも獣王の場合はどの一撃も全力なため、一つのミスも許されない。

 獣王の体力が尽きるのが先か、ガイツの集中力が切れるのが先かという戦いになっている。

 もっとも観戦者の多くは獣王の強さを良く知っているため、完全に獣王の攻撃を防ぐガイツを称賛する声がある。黄色い声も聞こえる。


「やばいな」


 ある意味膠着状態かと思ったその時サイフォンが声を上げた。


「確かに。劣勢だね」


 ジンも頷き、ギルフォードたちもそれに続く。


「ガイツの表情を見てみな」


 サイフォンに言われて注意して見ると、時々ガイツの顔が歪んだ。


「ソラは獣王と一度しか戦っていないから知らないかもだが、獣王の攻撃は響くんだよ」


 サイフォンの説明によると、守りを通しても獣王の攻撃を受けると、それを突き抜けてくるということだ。

 もちろん威力は弱くなっているしそれを注意して防ぐことも出来る。

 というかその方法をガイツから教えてもらったそうだ。

 それでもあれだけの猛攻なら、その何発かを防ぎきれなくても仕方ないということだ。


「それじゃガイツさんが不利ってこと?」


 ガイツに色々お世話になっているルリカがサイフォンに尋ねた。


「もともと相性が悪いっていえば悪いからな。ただガイツの奴も獣王と戦うことを想定して準備はしていたからな」


 サイフォンの言葉に、皆の視線が再び舞台へと向けられた。

 まるでそれを待っていたかのように獣王が攻撃をして……ガイツの盾が弾かれた。

 盾は観客席に向かって真っ直ぐ飛んでいくが、皆の目は舞台に釘付けだ。

 今まで守りに徹していたガイツが攻撃に転じている。

 それを獣王が手甲を忙しく動かして防ぎ、時に後退して躱している。

 けどガイツはそれを追いさら左右に持った剣で攻撃を仕掛けている。

 そう、ガイツは双剣で獣王を攻撃している。

 ただ最初こそ攻勢に出ていたが、次第に獣王も反撃を開始した。

 二人の攻撃がぶつかり合い、時に鈍い音が聞こえてくる。


「無茶だろ……」


 アルゴのパーティーから声が漏れる。

 俺もそれには同意する。ガイツが剣を使っているのは見たことがあるが、腰に差していた一本だけだ。

 そもそもあの剣は何処から出てきた?

 いや、一本は腰に差してたやつだってのは分かるけど。


「あれは盾の後ろに隠してあったやつだな。それに別に無茶ではないぞ」


 サイフォンが俺の考えていたことに答えると同時に、その理由を語った。


「ガイツは盾のイメージが確かに強いが他の武器も十分扱える。それは吸収しているからだ」


 サイフォンが言うには、ガイツは鍛練所で冒険者の相手をしながら、その扱い方を覚えていったという。

 またそれと並行して勉強し、サイフォンたちに頼んで他の人が見ていないところで修練も積んでいたそうだ。

 それは何故か?

 アドバイスを求められてしっかり相手に教えるためらしい。

 それには実際に武器の使い方に精通していないと出来ないからだ。

 それを聞かされた皆は驚いた。

 確かにガイツのアドバイスは的確だったが、そんな理由があったとは知らなかった。

 俺はガイツの戦いを見て拳を握った。

 凄いの一言に尽きる。

 舞台では互角以上に戦うガイツがいて、その戦いぶりに観客のボルテージは上がって行く。


 ……けど、相手が悪かった。

 十分以上の息の詰まるような攻防が続いていたが、徐々にガイツの動きが悪くなっていった。

 その差は何か? 熟練度の差? 違う。体力だ。

 ガイツの額にいは大粒の汗が浮かび、呼吸も乱れている。

 そして最後は獣王の攻撃を防ぎきれなかったガイツは鳩尾に一撃を喰らうと、崩れ落ちるように舞台に倒れた。

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