第519話 模擬戦・3

 獣王の戦い方で一番の脅威は、やはりその突進力だ。

 間合いを詰める動作の一つであるけど、そこから無駄のない動きで流れるように攻撃に移ってくるから余計に動きが速く感じる。

 ならそれを逆手にとって攻撃したらどうなるか?

 俺は獣王が動こうとする瞬間ファイアーウォールで行く手を遮る。

 獣王の姿が火の壁の向こう側に消えて見えないが、気配察知があるから問題ない。

 それに予想通り、獣王は迂回しようなんて考えずにファイアーウォールの中に跳び込んできた。

 ただこのファイアーウォールは通常の魔法使いが使うものよりも厚くしてある。

 少しだけだが時間が稼げる。

 そこで俺は次の魔法を用意しつつ剣を構え、獣王が現れるのを待つ。

 分厚く作ったファイアーウォールをものともせずに、獣王が突き破ってくるのに時間は大してかからなかった。

 魔力で体を覆っていたからか、ファイアーウォールでダメージも受けてないようだ。

 俺が剣を構えているのを見て、獣王がニヤリと笑みを浮かべたのが分かった。

 なんか嬉しそうだな。

 抜けた先に地面に足をつけると、獣王は一足飛びに飛び掛かってきた。

 次に着地した時に、そのまま攻撃してくるつもりなのだろう。

 それは今まで何度となく接近されたことで、獣王の行動がある程度読める。

 だから俺は半歩下がり獣王の間合いをずらす。

 これで獣王の打撃による間合いから、俺の剣の間合いに変わる。

 けど獣王のことだ。その程度のことすぐに修正してくるはずだ。

 そこが俺の狙いだ。

 俺は大きく剣を振りかぶり、獣王の注目を集める。

 その一方で、獣王が着地すると思われる場所周辺にアースウォールを発動させた。

 しかも今回発動したアースウォールは本来よりも低く、小さく、目立たないようにする。

 獣王が修正して踏み込んだ時に、ちょうど躓くようにするのが狙いだ。

 俺が剣を大きく振りかぶったのも、下に目がいかないようにするためだった。

 そしてその試みは成功した。

 獣王が俺の行動を見てさらに間合いを詰めるために踏み込んできたその時に、アースウォールに獣王の足が引っ掛かった。

 獣王の体が不自然に流れる。

 俺はその隙を逃さず、勝負を決めるべくソードスラッシュを使って最速の一撃を放つ。

 ……ここはさすがと言うべきなのか、無理な態勢ながら獣王は剣による一撃に合わせて拳を振り上げてきた。

 剣と拳がぶつかり合う。

 この時予想外の出来事が起こった。

 獣王は今まで攻撃する時には拳や足に魔力を纏わせていなかったが、予想外の出来事に驚いたのか、獣王の拳は魔力の乗った一撃になった。

 その結果、俺の模擬刀は攻撃の勢いもあって目の前で砕け散った。

 俺も武器に魔力を流していなかったからな。


「「…………」」


 そこで俺たちは互いに動きを止めた。

 ちょうど俺が剣を振り下ろした姿勢で。獣王が拳を振り上げた姿勢で。


「……そこまでっす」


 そこにリュリュによる模擬戦終了の声が掛かった。

 引き分けという中途半端な結果に獣王は不満を言うかと思ったが、


「なかなかいい勝負だった。久しぶりにいい汗かいたぞ!」


 と上機嫌に笑い、歩き出した。


「何処行くっすか?」


 ドスの効いた声が、そんな獣王の足を止めた。

 俺は思わず声を発生源……リュリュの方を向くと彼女と目が合った。

 ニッコリ笑ったリュリュの目は笑っていない。


「ソラさんも、やり過ぎっすよ?」


 その言葉に改めて周囲を見ると、魔法の被害が結構出ている。

 あ、あそこの壁に刻まれた傷はウインドカッターによるものかな?


「獣王様もっすよ。まあ、戦えば被害は出るとは思ったっすけど、これはやり過ぎっすよね?」

「あ、いや、リュリュも途中で止めなかっただろう?」


 獣王の言葉にリュリュはため息を吐いていた。


「戦いが始まったら無理だと思ってたっすから止めなかっただけっす。そもそも途中からは危なくて近寄れなかったっすから」


 リュリュの言葉に、周囲で見学していた人たちが頷いている。


「お説教は専門の人に任せるっす。獣王様をよろしくっす」


 リュリュの言葉に、音もなく現れた鎧を纏った集団が獣王を囲むと連行されていった。

 抵抗するだけ無駄だと思ったのか、獣王は静かに従っていた。


「さて、ソラさん。ここ、直せるっすよね?」


 その言葉に俺は頷き、魔法や錬金術を使って鍛練所内の修理を行った。

 鍛練所に集まっていた人たちは、邪魔にならないように別の場所に移動して体を動かすようだ。

 ちなみにヒカリたちも、そっちに移動した。

 それは俺が見捨てられたというよりも、エルザとアルトのためのようだ。

 購入した装備を慣らす必要があるから仕方ない。

 前線で戦わせるつもりはないけど、準備は必要だからな。

 そうして鍛練所内の俺が壊した場所以外も修理して回り、結局一日を過ごすのだった。

 ちなみにその夜食事をする時に会った獣王は、元気がなく非情に物静かになっていた。

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