第517話 模擬戦・1
その翌日、俺たちはナオトたちについて鍛練所に向かった。
冒険者ギルドのではなく、敷地内にあるところだ。
そこは獣王も利用するし、獣王国の騎士たちも利用するそうだ。
顔を出せば何処かで見た顔があると思ったら、王国の時の作戦に参加していたそうだ。
鍛練所を利用するといっても、今回の目的は新装備となったエルザとアルトの動きの確認がメインだ。
という話だったのに、血が騒ぐのかルリカたちもナオトたちに混じって模擬戦をしている。
だから二人の面倒を見るのは見学組のミアたちだ。
俺? 俺は盾を持って二人の相手をしている。
もちろん攻撃を受けるだけでなく、時々反撃もしている。
獣王国に来る道中でも時々模擬戦をしているのを見ていたが、動き自体は悪くないがやはり速度は遅く感じる。
これは単純にレベルの問題と、俺の経験によるものだろう。
それだけ強い魔物と戦ってきたというわけだ。
それと体力だな。
時間とともに二人の動きが悪くなってきた。
何度も休憩を挟んだが、それでも二時間近く模擬戦をすると二人は汗だくになって、終了の合図とともに座り込んでしまった。
ただエルザとアルトの年齢を考えると、十分動けていると思う。
俺は二人に洗浄魔法をかけると、見学していたミアたちの方に二人と一緒に歩いていった。
その後はヒカリたちの戦っている様子を見学したわけだが、その戦いぶりを見て、
「凄いです」
とエルザは驚いていた。
ヒカリが今相手にしているのは体格の大きな熊の獣人だ。
その相手をヒカリは翻弄し、死角に回っては攻撃を放つなどしている。
模擬刀ではダメージが入っているようには見えないが、これが実戦なら違うことになる。
特にヒカリの使う短刀は麻痺を付与するから、何も知らない者は徐々に動けなくなる。
そこまで思い出して思わず身震いした。
本当にあの時助かったのは、スキルのお陰だ。
もしかしたら、あそこが俺にとってのこの世界の運命の分岐点だったのかもしれない。
……イグニスとの出会いもあの時だったしな。
いや、一番はやはりルリカとクリスの二人と出会ったことかな?
「どうしたのソラ?」
俺が昔を思い出していたら、ミアが尋ねてきた。
ちょっと心配そうな顔をしていたが、そんな深刻な表情をしていたのだろうか?
「何でもない。それよりも……少し激し過ぎないか?」
今日の模擬戦はいつにもまして激しいと思う。
けど前々からここに出入りしているミハルが言うには、これが普通とのことだ。
ちなみにミハルが度々鍛練所に顔を出したのは、回復要員としてナオトやシュンに頼まれたからだそうだ。
模擬刀とはいえ、良い一撃が入れば負傷するからな。
模擬戦を見る限り、手加減とか皆無に見えるし。
いや、一応ヒカリを相手している対戦相手は手加減しているように見える……気がするが気のせいかな?
さらに詳しく話を聞くと、どうも獣王の影響らしい。
そしてタイミングよく件の獣王が鍛練所に姿を現した。
瞬間、鍛練所内の空気が変わったような気がする。
獣王は俺たちに気付くと、笑顔で近寄ってきた。
「おう、ソラたちも参加してるのか? やっぱ体を動かすと気分がいいよな!」
確かに気分転換になる時はなるが、時と場合による。
「どうだ? 一戦俺とやってみないか?」
顔は笑顔なんだが、目は笑っていないよな。
遅れて鍛練所に走ってやってきたリュリュが、俺たちを見て諦めたようにため息を吐いたのが分かった。
懇願するように拝まれているけど、言うことを聞いて欲しいってことかな?
また獣王が話し掛けてきたこともあって、模擬戦を観戦していた人たちの多くがこちらに注目している。
何となく断れる雰囲気じゃないが……少しだけ、ほんの少しだけ俺もちょっと獣王と戦いたいと思ってしまったのは、ここの空気にあてられたからなのかもしれない。
「分かったよ。一回だけだからな」
あとはたぶん一度は戦わないと、何度も模擬戦をしようと言われるんだろうなと思ったのもある。
「ちなみにルールは何でもありだ。もちろん魔法もな! ああ、ただ建物を破壊するようなものはやめてくれ。あとで俺が怒られるからな‼」
始める前にトンデモナイことを言ってきた。
普通模擬戦で魔法を使うことは……少なくとも今まで一度も見たこともない。
思わずクリスを見たが、戸惑っている。
けどここにいる獣人の人たちはいつものことのようで平然としているし、
「かまわないっすよ。いっそ痛い目みるといいっす」
とリュリュは言ってきた。
何でもありだと俺の方が有利になりそうだが、近接勝負だと俺の方が不利だからハンデとして獣王は魔法を使ってもいいと言ったのかもしれない。
あとは色々なスキル、魔法を使えることを知っているから、単純に全力で戦いたいと思っているかのどちらかだな。
まずは武器で戦ってみて、それ次第でどうするか考えることにしよう。
俺が模擬刀を構えると、それに倣って獣王も構えをとった。
獣人の中の一人が審判となって、開始の合図が宣言された。
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