第484話 旅行・5

 馬車の旅は快適だった。

 一〇人が乗ってもまだ余裕があるほど大きく、振動もそれほど感じない。

 かなり良い馬車のようだ。

 エルザとアルトは最初興奮しているようで、流れる景色を夢中で見ていた。

 遠くに見えるものを時々ヒカリに質問していた。

 そんな楽しそうに話す三人を、シズネは少し羨ましそうに見ていた。

 きっと話に入っていきたいけど、なんか邪魔しちゃ悪いと思っているみたいだった。


「それじゃご飯の準備をしましょうか」


 ミアの言葉に、エルザが元気よく返事をした。

 簡単な調理場を土魔法で設置するところまでが俺の仕事で、後はお任せだ。

 野外の料理は家での料理と違うため、エルザとアルトはミアに教わりながら作業をしている。


「今のは何の魔法を使ったのさ?」

「今のは土魔法を基本とした応用かな?」


 俺の説明を受けたシズネは、早速地面に手をついて挑戦していたが、力加減が難しいようで盛大に土煙を上げたため強制終了させられていた。

 エルザたちのちょっと非難するような視線が堪えたようだ。

 その後は静かに料理をする作業を眺めていたが、


「ソラは手伝わないんだ」


 と言ってきたから、


「特に何も言われてないからな。必要だったら言ってくると思うし」


 と答えておいた。


「……シズネは料理をしないのか?」


 逆に尋ねたら視線を逸らされた。

 コトリたちも旅の途中で料理には悪戦苦闘していたから、きっとシズネもやってこなかった口だろう。

 ちなみに料理を静かに待っているのは、俺とシズネ、御者とセラにルリカだ。

 一応ただ料理をするのを待っているわけじゃなくて、周囲の警戒をしている。

 見通しが良く、料理をするために街道を少し離れているとはいえ何が起こるか分からないからな。

 エリルの町は新しく出来たばかりで何処かの町に行くための通り道でもないため、人の流れがそれ程ないと思っていたが、結構な数の馬車が行き来していた。

 その理由は農作物がよく取れるためみたいだ。

 何度か料理に使わせてもらったけど、味も文句なく良かった。

 そのことでエリスが町から離れても大丈夫なのか心配になったけど、エリスと契約した精霊の加護があるため、長期不在にならなければ大丈夫とのことだ。

 ちなみにエリスのいう長期不在は、一カ月二カ月とかではなく、年単位を指している。

 そこは長寿の種族エルフといった感じの時間感覚だった。

 とはいえエリスはそんな長い時間を生きているわけではないのだけど、もしかしたら種族的にそういう感覚を持っているのかもしれない。

 けどクリスはそんな感じはないし、環境がそうさせているとか?

 エリスは長寿の魔人と一緒に暮らしていたわけだし。


「お兄ちゃん、シズネさん。ご飯出来ましたよ~」


 その呼び掛けに皆のもとに向かえば、既に料理が出来上がり簡易テーブルの上に並べられている。

 その数は外で食べるには十分過ぎるもので豪華だ。


『うん、美味しい(な)』


 俺とシズネの言葉が重なったが、それを聞いたエルザたちは嬉しそうだった。

 初めての作業で色々苦労したけど、ミアが丁寧に教えてくれたから問題なく出来たことを伝えてきたから、


「料理が冷めるから、その話はまたあとでな」


 と言うと、エルザもそのことに気付いたようで食事を開始した。

 その横ではヒカリとアルトがモグモグと集中して食べているから、きっと二人もこの味に満足しているに違いない。

 小動物のように頬を膨らませるそんな二人を、シズネがジッと見ていた。

 やっぱり子供好きなのか?

 と思い聞いてみたら、どうもシズネは向こうの世界では大家族だったようで、年の離れた弟と妹がいたそうだ。それこそちょうどエルザやアルトぐらいの子もいたとのことだ。


「そう言えばコトリも色々と気にかけてもらったとか言ってたな」


 見た目に寄らず、の言葉は呑み込んだ。

 俺も朧げに覚えている初めて見た印象は、ちょっと近寄りがたい系統の人だったからな。


「コトリは中学生には見えないほど頼りなかったからな」


 とシズネは何でもないことのように答えた。

 それにはちょっと同意出来るな。


「けど小さいのにこんなに美味しい料理が作れるなんて、エルザとアルトは凄いな」

「ミアお姉さんとかに教わってますから。けどソラお兄ちゃんの味には到底敵いませんよ」


 シズネの言葉に何でもないことのように答えるエルザの言葉が信じられなかったのか、シズネの首が物凄い勢いで振られて俺の方を見てきた。


「ソラ。あんた、料理出来るのかい」


 と驚愕の表情を浮かべている。

 その反応はコトリたちからもされたな。

 けど自分たちがやらないから、俺も出来ないと決めつけるのはどうかと思うよ?

 まあ、料理スキルのお陰だけどさ。

 黙っていると、


「見かけによらずアウトドア―派だったのか……」


 なんてブツブツと呟いている声が聞こえてきた。

 それを見たミアたちは可笑しそうに笑っていたけど、当のシズネはそれに気付くだけの余裕もないようだった。

 最終的にナハルの町には三日後に到着した。

 その間エルザとアルトにはシズネと仲良くなってもらい、最後の日には怪しい手付きながら料理にも参加するようになった。

 そのお陰かミアたちとも打ち解けたようで、それを見て少し安心する俺がいた。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る