第481話 旅行・3
「ソラ君、えっと、黒い森の中の町に転移出来るというのは本当ですか?」
「出来るよ」
夕食を終えて一息吐いていたところで、唐突にレーゼが尋ねてきたため反射的に答えてしまった。
するとレーゼは帰る前に一度行ってみたいというので、俺は了承した。
最果ての町を出てから長いこと経つということだし、里帰りをしたいのだろう。
「ただ見ての通り誰もいないと思うけど?」
「分かっています。それにこういう機会でもないと気軽に行ける場所ではないので」
レーゼが町を出た時は、イグニスたちに護衛をされながら黒い森を出たとのことだ。
ルートはエレージア王国やボースハイル帝国ではなくて、ラス獣王国経由だったらしい。
「それってかなり遠回りじゃないか?」
そのことに驚いていると、
「ギード様はこれから先人の世界で生きてくのだから、強くなくては生きていけない。何て言ってましたね」
レーゼは当時のことを思い出したのか、クスクスと可笑しそうに笑った。
それを近くで聞いていたスイレンたちエルフは、半ば呆れているようだったけど。
たぶん、俺もギードの性格的にただ単に自分が戦いたかったからなんじゃないかと思う。
それこそ黒い森を抜けるだけなら、魔人の人たちに抱えて移動すれば早く出来ると思うし。
まあ、誰かを抱えて飛んでいる姿は見たことがないけど、魔人の能力的には十分可能な気がする。
「それじゃ帰る時に寄るとするよ。ただどうなっているか分からないから、一応動ける格好はしておいてくれると助かるかな」
今最果ての町がどうなっているかは分からないから、それだけは頼んでおいた。
翌日お昼を食べたあと、レーゼを送っていくことになった。
行くのは俺たちパーティーメンバーとレーゼの七人だ。
さすがにエリザとアルトを連れて行くのは危険かもしれないからな。
シールドを使ったりゴーレムを召喚したりと万全の体勢で向かえば守る自信はあるけど、何があるか分からないのがこの世界だからな。
最果ての町に到着して家を出たところで、レーゼは立ち止まり懐かしそうに辺りを見回している。
俺たちはその様子を静かに見守っていた。
こういう時は話し掛けない方がいいというのを知っているからだ。
ただそれを打ち破るような反応を気配察知が捉えた。
俺が反応のあった方向に目を向けると、黒い点が見えた。
その黒い点は徐々に大きくなり、やがて物凄い勢いで最果ての町に到着した。
それは二本角の魔人で、初めて見る顔だ。
「アルロン様?」
だけどレーゼは知っているようで、その魔人を見て驚いていた。
アルロンも名前を呼ばれて振り向き、レーゼを見て驚いているようだったけど。
「レーゼか? 人の町に行っていると聞いたが……まあ、それよりも君はソラだな?」
「そうだけど?」
「ああ、イグニスや翁様から話は聞いている。最果ての町に誰かやってきたようだったから、確認に来たんだ」
何かあっては困ると、最果ての町に誰かが侵入したら分かるようにしているそうだ。
魔人にとっても、この町は大切な場所なそうだ。
それで黒髪黒目他、諸々の容姿や最果ての町に来ることが出来ることから俺がソラだろうと思って尋ねてきたそうだ。
ただこの時俺が感じたものは、安堵だった。
「少し待っていてくれ。君に頼みたいことがあるんだ」
アルロンはそれだけ言うと慌ただしく飛び去っていってしまった。
待ってくれと言われた以上、待つしかなくなった俺たちは、周囲を警戒しながらとりあえず町の中を歩いた。
正確には時間が出来たから、レーゼに自由に歩き回ってもらい、それについていった形になったわけだけど。
そうこうしているうちに、気配察知が再び何者かの反応を捉えた。
何者か、の一人はアルロンだと思うが、そこにはもう一人いるようだった。
先ほどのように黒い点に見えていたそれは徐々に大きくなってきていたわけだけど、違う点が一つあった。
それは喚き声のようなものが聞こえてきたことだ。
「ん、喧嘩している」
ある程度近付いてきたらヒカリがそんなことを言ってきた。
正直俺には聞き分けることが出来なかったが、二人の姿がはっきりした頃になってようやく俺にも分かった。
確かに痴話喧嘩っぽい内容が聞き取れた。
アルロンは一人の女性を抱えてやってきて、俺たちの前に着地した時には大層疲れた表情を浮かべていた。
俺はそのアルロンが連れて来た女性を見て、見覚えがあることに気付いた。
あの時は髪の毛は真っ赤だったし、目も赤かった。
今は毛先は赤いけど根元は茶色の髪の毛で、目の色も茶色になっている。
鑑定して名前を確認すれば、そこにはコトリが心配していた女性の名前が表示された。
【名前「シズネ」 職業「魔導王」 Lv「88」 種族「異世界人」 状態「興奮・疲労」】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます