第444話 下心
「これに乗っていくんですね」
その馬車を見てコトリは興奮していた。
確かにダンの用意してくれた馬車は豪華で、普通のとは違う。高性能で速度も出るし、衝撃も少ない……そうだ。
あくまでこれはレイラたちから聞いた知識だ。
ちなみにコトリが興奮しているのは豪華さからじゃなくて、馬車に乗って移動出来るからだ。
豪華な馬車は乗り慣れているからとのこと。
……勇者として優遇されていればそれは大事にされるだろうさ。特に骨の髄まで利用しようとしていた王国の人間になら。
ただその弊害も色々あるそうだけど。
そのためアルゴたちが教育係として同行してくれているわけだが、どうしても教えることが出来ないものがある。料理とか料理とか料理とか。
アルゴたちも自炊はするが、移動中の食事は栄養さえ摂れればいいという考えで、味は二の次という考えの持ち主だった。
ある意味保存食でも十分という人たちのようだ。
もちろん食べるなら美味しい方がいいとは思っているが、町の外と中で分けているみたいだ。
ただその根底にあるのは、パーティーメンバーが誰も料理が出来ないという理由からだけど、と言われた。
一応ギルフォードが料理をすることもあるが、焼くだけとか、水の中に野菜や肉を放り込んで煮るだけとか言われた。調味料は基本塩コショウだから、使うのは肉に振り掛ける時だけのようだ。
「お兄ちゃんたちは料理が出来るんですよね! 出来ればこの旅で色々教えてください!」
と、コトリが切実に訴えてきた。
カエデとミハルはちょっと恥ずかしそうにしていたが、別に女性が料理出来なくても恥ずかしいわけではないと思う。
実際この世界だと、男の方が料理を良くしているような気がする。屋台や宿を見た限りだけど。もちろん料理の種類にもよる。
例えば肉料理などの屋台は男性が多いけど、野菜系のスープやスイーツを作っているお店は女性が多いと思った。
ただルリカたちは、冒険者で料理をする男は滅多にいないと言っていた。
俺の場合は料理スキルという、ある意味反則的なスキルを習得したというのもあるんだけど。
期待の籠った目で見られたから、とりあえずコトリの要望は聞くことにした。
一緒に料理をしながら教えればいいしな。
そしていよいよ出発するという段階で、ダンが姿を現した。
皆乗って準備を済ませ、俺も乗ろうとしていたところだったが、目が合うと手招きされたため近寄った。
「わざわざ見送りにきてくれたのか?」
呼吸を乱すダンに問い掛けた。
それなら俺じゃなくて、ミアを呼びそうなものだと思っていたら、あるものを差し出された。
何かは一目見て分かった。まあ、手紙だ。
「これを娘に……ヨルに絶対に渡してくれ!」
物凄く真剣な表情で言われた。
それこそ顔を突き付けてきて、ちょっと目が血走っていた。
「そして必ず……必ず返事を書くように伝えてくれ! 絶対だぞ‼」
俺は手渡された手紙に一度目を落として、ダンを見た。
そう言えば以前、ヨルが手紙を良くもらうが、ダンには返事を書かないようなことを言っていた気がする。母親のルーと妹のユリには普通に出しているとも。
何でも頻繁に手紙を送ってくるから、面倒になったとも言っていたような気がする。
……もしかして馬車をわざわざ手配してくれたのは、これが理由だったりするのか?
確かにただで馬車を用意してくれたなら、相手の要望には応えたいと思うのが普通だ。
「なあ、もしかして……」
「なら頼んだぞ! 私は忙しいから、すぐ戻らないとだからな!」
俺が確認しようと声を掛けたら、焦った様子で口早に言うと、逃げるように去って行ってしまった。
残された俺は、とりあえずダンから受け取った手紙をアイテムボックスに収納した。
どうせマジョリカに到着すればヨルと会うこともあるし、渡すのは問題ない。
ただ返事を書いてもらえるかはちょっと自信がない。一応頼みはするが。
「何を話してたんだ?」
馬車に乗り込むとナオトに聞かれた。
今回二台の馬車が用意されたため、男女で別れて乗ることになったからだ。
俺はダンから頼まれたことを素直に話した。別に口止めされてないからな。
それを聞いたナオトたちは首を傾げていた。まあ、俺たちではダンの気持ちはまだ理解出来ないから仕方ない。
けどアルゴだけは、
「ちょっと分かるな……」
と遠い目をしていた。
なんか死んだような目をしているアルゴに、関わるべきではないと本能が訴えてきた。
実際ナオトやギルフォードたちも、逃げ場のない馬車の中にもかかわらず、離れて距離を取ったように見えた。
そのため話題を変えるためか話は野営の時の食事の話になった。
俺がルリカたちと最初に組んだ時に、
「料理が出来る男はポイントが高いらしいぞ」
と言われたことを話すと、シュンから料理を教えてくれと言われた。
ギルフォードも興味があるのか、それに賛同してきた。
こうして俺たちは聖都メッサを旅立ち、ロイエを目指すのだった。
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