第433話 お願い
いつもの変わらぬ風景が戻ってきた。
それが料理を囲んで思ったところだ。
特にヒカリが一番嬉しいみたいで、珍しいことに終始笑顔だ。
肉を美味しそうに頬張り、口周りについたタレの汚れをミアが拭ってくれると、また嬉しそうに笑った。
ミアにとっては当たり前の日常かもしれないが、俺たちにとってはミアがいない時間がそれなりにあったからな。
クリスたちもそんな二人のやりとりを眺めながら、談笑しながら料理を食べている。
「エリアナは……食事をしたりしないのか?」
「……ん~、私は大丈夫かな~」
俺たちの様子をちょっと寂しそうに見ていたエリアナが気になり声を掛けたら、特に食事は必要がないと言われた。
やがて食事が一段落して、ヒカリがミアに「食べ過ぎよ」と怒られている。
確かにいつも以上に食べていたような気がする。
まあまあと宥めていたら、今度は俺もミアに怒られた。
「ソラはヒカリちゃんを甘やかし過ぎです」と。
食事を終えて久しぶりに皆が揃ったからか、色々と食事の余韻に浸りながら今までのことを話した。
主にミアが眠ったあとに起こったこと……王国の崩壊や、ダンジョン八階で二人が倒れてからのことだ。
エリアナもその話の輪に入って一緒になっている。クリスの膝の上にちょこんと座り、話に耳を傾けているみたいだ。
「ねえ~、ソラ君。例の短剣なんだけど~、譲ってくれないかな~?」
話が一段落して会話が途切れた時に、不意にエリアナが言ってきた。
その言葉に俺はさすがに即答は出来なかった。
これからダンジョンに向かうにしろ、別のところに行くにしろ、神殺しの短剣は切り札になる。複製で同じようなものを作ることは出来るが、複製したモノが維持出来る時間は短いし、結構魔力を消費するから使い勝手は悪かったりする。もちろん利点もあるから、悪いことばかりでもない。
それでもあるとないとでは心の持ちようもはっきりと言って違う。
「これから先ダンジョンとかに行くことを考えると、これは持っておきたいな」
「ん~、なら代わりのものを渡すならどうですか~。天界に戻ってしまった~、アル君の思い出の品ということで~?」
「…………」
「……え~と、私が渡せるものは~、この樹の枝になりますね~。ソラ君ならこれで~、クリスちゃんと聖女ちゃんに杖を作れると思うんですよ~」
迷っていた俺に、エリアナが交換する品を提示してきた。
【エリアナの樹の枝】魔法の効果は最大限に引き出すことが出来るかも?
鑑定すると良く分からない説明が出てきたな。
「特に~、クリスちゃんたちエルフに恩恵があると思うな~。精霊の力を~、最大限に引き出してくれるよ~」
「……もう少し数をもらえることは可能か?」
「ん~、五人分が限界かな~。それ以上は劣化しちゃうだろうし~」
「? 分かった。なら五人分の枝となら交換するよ」
俺は最終的に交換することにした。
勿体ないとは思ったが、クリスたちのためになるならいいと思ったからだ。
俺はエリアナからエリアナの樹の枝を五本受け取ると、代わりに神殺しの短剣を渡した。
エリアナはそれを大事にそうに受け取ると、胸の中で抱き締めていた。
「ありがとう……」
なんて声が聞こえたような気がするが……小さくて果たしてそう言ったかどうかは分からない。
「ソラ、いいの?」
「ああ、これでクリスたちだけじゃなく、エリスさんたちの分も作れるからな。そっちの方が色々と役に立つだろう」
王国による非道な行いが世に知れ渡れば、徐々にだがエルフが住みやすい世界にはなると思う。
ただそれには時間がかかるし、馬鹿なことを考えるやつは何処にでもいる。王国が買い漁っていたのもあるが、エルフの奴隷は人気みたいだしな。
そんな時に身を守るためのものがあれば、抑止力になるだろう。逆に強すぎることで脅威を覚えられるかもしれないが、その辺りのバランスは偉い人たちに任せることにした。
俺の頭では、これ以上のことは考えられないから。
「主、眠い」
そしてアイテムの交換が終わった時に、ヒカリが目を擦りながら言ってきた。
お腹一杯食べたのもあるが、まだ本調子じゃないのかもしれない。
それはヒカリだけでなく、他の面々も眠そうにしている。
気のせいか俺もちょっと眠気を覚えている。
ミアが蘇り、それだけでなくヒカリたちも目覚めた。
悩み事の多くが一息に解決し、肩の荷が下りてホッとしたからかもしれない。
「それじゃ俺たちは一度戻るよ。ユイニたちも……竜王の娘も心配してると思うし」
「ん~、今日はここで休んでいったらいいよ~。そこの二人は~、もう辛そうだし~」
エリアナの指差す方を見たら、ヒカリとルリカが完全にダウンしている。それぞれミアとセラに支えられている。
「……分かった。なら今日はここに泊まらせてもらうよ」
俺たちはエリアナに案内され、草が生い茂った場所で横になった。
その草の上で寝ていると、まるで体が優しく包み込まれるような感覚を覚えた。あれだ、人を駄目にするクッションに身を預けているような感じだ。
しばらくすると周囲から寝息が聞こえ始め、俺も同じように眠りについた。
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