第431話 蘇生

「ソラ、きっと大丈夫だよ」


 神殺しの短剣を掴んだまま動かなくなった俺の手を包み込むように、クリスの手が添えられた。

 その温かみを感じながら横を向けば、クリスの微笑む顔があった。

 それは俺の体を支配しつつあった不安を拭い去り、逆に勇気を与えてくれた。

 俺は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そして神殺しの短剣を握る手に力を入れると、ゆっくりとそれを引き抜いた。

 剣先が完全に抜けると、時間停止の効果が切れた。

 瞬間ミアの胸から血か湧き出てきて、着ていた服を真っ赤に染めていく。

 俺は焦らず瓶の蓋を開けると、エリクサーをミアに使用した。ポーションとかの回復薬というよりも、使う人をゲームみたいに指定する使い方は、何となく魔道具といった感じを受けた。


『本当に使用しますか?』


 という最終確認が頭の中に浮かび、俺はそれに『はい』と答えた。

 すると手の中の瓶が粒子となって散っていき、それがミアの中に吸い込まれるように消えていった。

 その全てがミアの中に吸い込まれると、ミアの体が淡い光に包まれて、やがてそれが治まった。

 見た目は特に変わった様子がないから、成功したかの判断が出来ない。

 死んだ直後に時間停止になっていたから、顔色の赤みの変化もないからな。

 ただ俺がミアを鑑定すると、ミアの状態の項目が「時間停止」から「——」となっていた。

 俺たちが息を呑んで見守る中、ミアの体が少し動いた。そのまま薄っすらと目を開けたミアは、パチパチと目をしばたたかせると、上半身を起こした。

 そして俺たちを見て、はてなといった感じで首を傾げた。

 確かに今の俺たちは驚いた様子でミアを見ているし、当のミア本人も状況が分からないといった感じで困惑している。


「だ、大丈夫か?」


 とりあえず俺が言えたのはそれだけだった。


「えっと、大丈夫だけど?」

「……覚えてないのか?」


 そもそもミアの記憶が何処からあるのかが分からない。

 エリザベートに憑依される前なのか、それとも憑依されている時のことをはっきり覚えているのか……。


「私は……」


 俺の問い掛けに、ミアは額にを抑えて俯いてしまった。

 何度か呼吸を繰り返してミアが顔を上げた時には、その瞳には涙が溜まっていた。


「うん、大丈夫。思い出した。何で……私は助かったの?」


 俺が説明するか迷っていると、俺の横にいたクリスが突然立ち上がるとミアに抱き着いた。

 抱き着かれたミアは驚いていたが、クリスの体に手を回してそれを受け止めていた。


「良かった……本当に良かった、です」


 クリスはそう言うと声を上げて泣き出してしまった。

 それに感化されたのか、何故かミアも泣き出してしまった。

 俺がそんな二人を眺めていると、


「仕方ないさ。クリスにしてみたら、ミアはエリス姉さんの身代わりになってくれたと思っていたんだからさ」


 とセラが教えてくれた。

 確かにエリザベートに憑依されたミアをあの時止めることが出来なければ、魔王であるエリスが命を落としていたかもしれない。

 あの時の俺たちには同時に二人を助けることが出来ずに、最終的にミアを殺すことでエリザベートを撃退した。

 それこそ時間停止を付与した神殺しの短剣があったから、エリクサーを使う余地が生まれて、本来なら死んでいたはずのミアを生き返らせることが出来た。

 それを考えると、クリスがミアが自分を犠牲にしてエリスを助けてくれたと思っても無理はないかもしれない。


「ふふ、しかしソラも残念だったさ。せっかくの再会をクリスにとられたのさ」


 俺が一人納得していると、セラがそんなことを言ってきた。

 ……まあ、俺としては無事こうして目覚めてくれただけで十分だ。それ以上望んだら罰があたる。

 ただそうは思っても、不意に向けられたミアの視線を受けて見返した時に、嬉しそうに微笑んでくれたのを見て、俺も嬉しくなった。


「それで……ここは何処かな? それとヒカリちゃんとルリカの姿が見えないけど……」


 その言葉についヒカリたちが寝かせた場所に視線を向けてしまい、ミアもそれを追うように見てしまった。

 もう少し落ち着いてから説明したかったが、ミアの視線は俺に説明を求めているようだったから仕方なくヒカリたちの状態を説明した。


「……私に治せるかは分からないけどやってみるよ。あと、色々と私が寝ていた時のことをあとで教えてね」


 いつの間にか泣き止んだクリスは、ミアに促されてその場を離れた。ちょっと顔が赤かったのは、まあ、触れないでおこう。

 俺はミアに手を差し伸べて立たせると、一緒にヒカリたちのもとに向かった。


「ね、ねえ、ソラ。あの可愛らしい生き物は何かな?」


 ヒカリたちに近付いたことで、ミアは初めてエリアナの存在に気付いたようで、指を差しながらそんなことを言った。

 その言葉が聞こえたのか、


「ん~、貴女は見る目がある子ね~。さすがは聖女に選ばれるだけあるわ~。私の名はエリアナ~。よろしくね~」


 と満面の笑みを浮かべながら、ミアの周りを飛び回り始めた。

 ミアはその様子に圧され気味だったが、慣れた様子でエリアナを落ち着かせると、横たわるヒカリたちの容態を確認するように、二人のことを調べ始めた。

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