第429話 アルテアダンジョン 10F・4

「なら~、契約をお願いしてもいいかな~? あれも大事なものだし~、口約束だけだとやっぱり不安ですから~」


 エリアナは小さな手を差し出してきた。

 クリスは臆することなくエリアナの目の前まで進んで跪くと、エリアナが呪文のようなものを呟き始めた。


「なあ、いいのか?」

「クリスが決めたことだからさ。仕方がないさ。クリスは自分のことが勇気がないとか自己評価が低いけどさ、一番芯が通ってて頑固なのさ」


 セラがルリカから聞いた話によると、セラとエリスの二人を探し出すと言い出したのもクリスらしい。

 もっとも小さな頃のため、言った当人はそのことを忘れているそうだ。

 これはモリガンにも確認したと、セラは言った。


「それにさ。ボクだって手伝うし、ソラだってそうだろう? 確かにダンジョンは未知な部分も多いさ。だけどボクたちだって色々な場所を巡って成長しているさ」


 俺はセラの言葉を聞きながら、国を渡り歩き、色々な苦難を乗り越えてきたことを思い出す。

 それに俺にはウォーキングのスキルもある。近頃転移の多様で歩く機会を奪われることが多いが、ダンジョンを進むとなればまた活躍してくれるはずだ。


「だからさ。ボクは早くミアには目覚めてもらいたいと思うのさ。それとルリカとヒカリちゃんにもね」


 セラのその言葉で、ヒカリたちのことを思い出す。

 突然のクリスの一〇階への突撃に、エリアナの出現ですっかり忘れていた。

 聖樹の実一つでエリクサーがいくつ作れるか分からない。

 仮に一つしか作れなかった場合、ヒカリたちの治療方法も調べる必要がある。そもそもエリクサーが効くかも分からないんだよな。

 死者すら蘇らせる(死後直ぐに使用した場合に限る)ものだから、回復薬としてはこれ以上ない最上級品だ。きっと大丈夫だと思うが……。


「これで契約は終了よ~。それじゃ約束通りあれを渡すわね~」


 エリアナはそういうと羽をはばたかせて上昇していった。

 何処かふらふらしていて、今にも墜落しそうでドキドキさせられたけど。


「なあクリス。契約に危険はないのか? 拒否したら死ぬとか、そういうの」

「ソラは心配し過ぎだよ。エリアナ様は契約なんて大袈裟なことを言ったけど、私に何か害があるようなものじゃないよ。むしろ逆」

「到着~。はい、どうぞ~」


 エリアナの帰還で、クリスの言葉は途中で遮られた。

 遠目で小さいとは思っていたが、聖樹の実の大きさは野球のボール程度しかない。

 エリアナは両手で抱えるように持っているが、エリアナ自体が小さいからな。

 クリスはエリアナから聖樹の実を受け取ると、それを俺に渡してきた。

 俺は一度聖樹の実を鑑定し、創造でエリクサーの作り方を調べ直す。

 するとはっきりしたレシピが思い浮かび、聖樹の実のこの大きさだと、エリクサーは一つ分しか作れないことが分かった。


「ソラ、大丈夫?」

「あ、ああ。とりあえずエリクサーは作れそうだ。それでエリアナに聞きたいんだが、実はこの八階でのことなんだが……」


 俺は八階でヒカリとルリカが水晶のような樹に触れて意識を失ったまま目覚めないことを話した。出来る限り症状なども伝えた。


「?? 水晶の樹~? そんなものあったかな~?」


 言われたエリアナは困惑し、腕を組んで唸り始めた。

 やがてエリアナは大きく目を見開くと、


「昔~、ケル君が何か育てたいようなこと言ってたやつかも~?」


 と言ってきた。

 いや、ケル君と言われても分からないから。

 思わずそう突っ込むと、神友のヘッケルだと言ってきた。

 そんな神友とか言われても分からないからさらに詳しく聞けば、一緒にアルカの地に降りてきた魔神ヘッケルだと教えてくれた。


「それで~、研究した危険物をここに置いていくような話をしていたような~、していなかったような~?」


 それってかなり物騒な物ってことか。


「あ~、とりあえずその子たちの容態を見たいし~。連れて来てもらってもいいかな~?」


 青ざめる俺たちを見たエリアナが慌てて言ってくるが、間延びした口調のため緊張感がまったくないように感じられる。

 しかし連れて来るか……寝ている二人を運ぶのは結構大変なんだよな。特に九階はまだ未踏破だから。

 一人は俺が運ぶとして、もう一人はゴーレムに頼むか? けどあの森の中を通るにはゴーレムだと無理か?

 俺がルリカを背負い、セラがヒカリを背負えば問題ないか。

 そんな俺たちの態度にエリアナが不思議そうに聞いてきたから、ダンジョン移動のルールを伝えた。


「それなら~、私の権限でその二人をここに連れて来られるようにするよ~」


 エリアナはそう言うと、クリスに手をかざした。

 エリアナの手から仄かな光が放たれて、ゆっくりとクリスの体を包み込んでいく。


「一回だけの権限だからね~。それとあくまで~、八階を通り抜けた二人だけに通用するものだから~、他の人を連れてくることは出来ないから注意ね~。それを破ると効力も発揮されないから~」


 俺たちはエリアナから注意事項を聞くと、一度二人を迎えに戻ることになった。


「あと~、効果は一日持たないから~、すぐに戻って来るようにね~」


 とも言われた。

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