第427話 アルテアダンジョン 10F・2

 俺たちはゆっくりと歩きながらその大樹に近付いていった。

 見上がれば枝葉が伸びていて、空を覆い尽くしている。

 この階の半分以上が枝葉の傘によって覆われているため、日の光が届かなくて薄暗いかと思ったが、実際はそうでもない。不思議と明るさが保たれている。


「凄いさ。てっぺんが全然見えないさ」

「うん。圧倒されるね」


 近付けば近付くほどその大きさが良く分かる。大樹の幹の太さからもそれが十分うかがえる。

 ただ気になる点も近付くことで分かった。


「なんか元気がない、かも?」


 クリスの言うように、近くで見ると葉の色の違いが目に付いた。

 もともとそういう種類の植物と言われればそれだけだが、中には枯れかけている葉っぱも見受けられた。

 さすがにずっと見上げていると首が痛くなってきた。


「うん、やっぱり元気がありません」


 クリスの声に視線を戻すと、クリスが幹に手を添えていた。


「そうなのよ~。すっごいピンチなのよ~」


 その時、まるでクリスの言葉に応えるように声が返ってきた。

 クリスは驚いて樹から手を離して警戒し、俺とセラも警戒しながら武器に手をかける。

 しかし俺たちの視界にはそれらしき者の姿は見えず、気配察知にも魔力察知も引っ掛からない。

 いや、魔力察知には反応がある。

 弱いが、目の前の樹から発せられている。それ以外からは反応がない。


「警戒してなくてもいいんだよ~。私は無害だから~」


 そして現れた。

 唐突に目の前に。

 それは子供の頭ほどの大きさで、人の形をしていた。

 一番目を惹いたのはその背中から生えている四枚の羽根。まるで蝶々の羽を背負っているように見えた。ただしその羽は薄っすらと透けて、光を受けて時々キラキラと輝いていた。

 あとは少しクリスに似た顔立ちをしている、ような気がする。

 服装はシンプルにワンピースタイプの服でたぶん女性なのかな? 性別があったらだけど。


「どうしたのかな~? お~い」


 突然の出来事に俺は言葉を失った。

 それは俺だけでなくクリスやセラも同様だった。


「……何者だ?」


 俺が警戒を解かずに問い掛けると、


「ふっふっふ、私はエリアナ~! 貴方たちは~……って、何で人がここにいるの~? ここには普通の人が来られる場所じゃないはずだけど~?」


 と名乗ってきたが、すぐに首を傾げて逆に尋ねてきた。


「……俺たちは仲間を助けるためにここに聖樹の実を採りにきた。聖樹の実に関することは、竜王から聞いた」


 俺はエリアナと名乗る少女に答えながら鑑定を発動した。


【名前「エリアナ」 職業「——」 Lv「12」 種族「精霊?」 状態「衰弱」】


 色々と不可解なところもあるが、ついでに聳え立つ大樹にも鑑定を行った。


【エリアナの樹】精霊神エリアナによって生み出された樹。


 目を惹くのはやはり共通する名前だが……この樹に宿る精霊ということか? いやいや、それよりも気になる単語があるじゃないか。精霊神?


「ふ~ん、アル君に聞いたってことはアル君と親しくしているんだ~。けどあそこは……ううん、それよりも聖樹の実~?」


 そんな俺の驚きをよそに、エリアナは聖樹の実と聞いて首を傾げている。


「そんなものここにあったかな~?」


 エリアナは顔を上げて視線を上に向けた。

 それを追うように俺も見上げれば、そこには色鮮やかな青色をした実が一つ、枝にぶら下がっていた。それは高い位置にあるから、とても小さく見える。


「ここにはあれしかないんだけど~、あれって聖樹の実なんて名前だったかな~?」


 エリアナは分からないといった感じだが、鑑定すると確かに聖樹の実という名前が表示される。


「あれで間違いないと思う。それにには木の実はあれしかないんだよな?」


 一応神様らしいが、どうもその大きさと間延びした調子から神様には見えない。

 もっとも神様だから敬えと言われても無理だろうけど。女神という前例がいたから印象は正直悪い。

 ただ神様である以上、警戒は必要だ。見た目はどうあれ、神を称していた女神の強さは本物だったから。

 今は無害のようにみえるとが、いつ牙を向けられるか分かったものじゃない。


「うん、あれしかないよ~。他の木の実は見たことないもの~」

「ならあれを譲ってもらうことは出来ないか? さっきも言った通り仲間を助けるために必要なんだ」

「……さっきも言っていたけど~、あれにはそんな大それた効果はなかったと思うんだけどな~」


 ということは聖樹の実単体としては価値がないのかもしれない。

 俺も詳しい効果は分からないが、ただ単にエリクサーを作るために必要な材料だから手に入れたいわけだし。


「ん~、ここまで採りに来るほどなんだから~、君たちにとってあれは必要なんだということは何となく分かったんだけど~……今はちょっと難しいかな~? アル君がいれば別だけど~……って、何でアル君本人が来なかったのかな~? アル君に何かあったの~?」


 エリアナの話しぶりから、本来ここに人が来ることは出来ないみたいだ。

 だから聖樹の実が欲しいなら、ここにアルザハークが採りに来るのが普通ではないかと言いたいようだ。

 ただアルザハークはここに来ることはもう出来ない。既にこの地上にはいないのだから。

 そもそも本人が来られないから、代わりに俺たちが来たわけだし。

 エリアナにそう答えようとして、正直迷った。

 精霊神であり、アルザハークの知り合いということは、エリアナがエリザベートの知り合いである可能性は極めて高い。

 そんな彼女に、エリザベートの死を伝えたらどうなるか……それが俺には怖かった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る