第426話 アルテアダンジョン 10F・1
今日も目覚めは最高に良かった。ここがダンジョンだということを一瞬忘れるほどには。
「とりあえず食事をして出発だけど、精霊たちはどうするんだ?」
ふと気になってクリスに聞いたら、精霊たちはここに残るそうだ。
ただ自分たちの分の料理もしっかりするように主張しているらしい。
正直階段までの距離は歩いて二時間もかからない距離だ。
昨日のうちに進むことが出来たと言われればまさにその通りだが、やはりあの光景に驚いてそれが出来なかった。いや、クリスの調子も悪そうだったし。
俺は簡単に肉を焼き、スープを作る。
そして食事を済ませたらいよいよお別れだ。
クリスの精霊たちがどうやら別れの挨拶を交わしているようだ。
クリスに通訳された別れの言葉を俺ももらった。
……また料理をしに来てくれというのは別れの言葉なのだろうか?
深く考えるのはやめよう。
「クリスはもう大丈夫か?」
「うん、心配かけてごめんね」
クリスは俺とセラに謝りながら、あの精霊たちのことを教えてくれた。
といっても詳しいことは分からなかったようで、今は眠って再び活動する時を待っているとのことだ。
俺が魔力を全く感じられないと言ったら、そういうものらしいとの答えをクリスの口から聞いた。
そもそも精霊の生態に関してはまったく知らないわけだから、ここはクリスの言葉に従うしかない。
その後俺たちは予定通り、一〇階への階段に到着した。
そこを下りて行けば、階段途中に小さな踊り場があり、転移するための装置がある。
「登録も済ませたし、一度戻ろう」
「様子を見に行くのは大事さ」
俺の言葉にセラが頷いた。
まだ二日しか経っていないが、何かヒカリたちに変化があるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に抱きながら戻ろうとして、クリスからの返事がないことに気付いて振り返ると、驚くことにクリスが下に向かって歩いていくのを目にした。
「クリスどうしたんだ? 一度戻るぞ」
俺の呼び掛けに、クリスは反応を示さない。
「クリス、戻るさ」
セラの声も無視して、一段また一段と階段を下りて行く。
それを見て初めて俺たちはクリスの様子がおかしいことに気付いた。
慌てて追いかけてクリスを止めようと手を伸ばしたが、寸でのところでクリスが一〇階へと消えて行ってしまった。
俺はセラと顔を合わせて、追うように階の境界線へと飛び込んだ。
慌てていたためか、境界線を越えた拍子にバランスを崩して思わず顔からダイブしそうになった。
どうにか踏み止まり、手をついてそれは回避した。
ホッと一息吐く間もなく、クリスを探す。
と、同時に気配察知で周囲を確認する。
もっともクリスは目の前にいたし、気配察知には俺たち以外の反応はない。
ただその顔を上げた瞬間、その目の前に聳え立つ一本の大木に目を奪われた。
それは俺だけでなくセラも同じようだった。
すぐ隣から息を呑む音が俺の耳まで届いた。
そんな俺たちとは対照的に、クリスの歩は止まらない。
「クリス、一体どうしたのさ」
セラが声を掛け、その肩を掴んだ。
するとやっとクリスは足を止め、セラの方へと振り返った。
その時のクリスの瞳は、何処か焦点が合ってないように見えたが、徐々に瞳に光が戻ってきた。
「? どうしたのセラちゃん?」
「……クリス。大丈夫なのさ?」
「何を言っているのセラちゃん? 私はだいじょ……ここは何処?」
そこで初めて、自分が今いる場所に気付いた様子だった。
その驚きの表情から、クリスが心底驚いているのは伝わってきた。
「ここは一〇階だよ」
俺の言葉に、もう一段階クリスの驚き度は上がったようだ。
小さな口が大きく開かれた。
「一〇階? ダンジョンの?」
「そうさ。戻ろうとしたら、突然クリスが歩き出して、一人で一〇階に行くからボクたちが追いかけてきたのさ」
「私がです、か? ……何かに呼ばれたような気がして……駄目、思い出せません」
何かに意識を乗っ取られたということか?
俺は鑑定や魔力察知を使ってクリスの状態や様子を調べたが、特に変化はない。
鑑定で見ることが出来る状態の項目も【——】になっているし。
「ソラ、それよりどうするさ?」
「どうする、とは?」
「このまま戻るか。それとも調べるかってことさ」
戻るための階段はすぐそこにある。
俺はとりあえずMAPを呼び出して一〇階の広さを確認しようとして驚いた。
一〇階は通常のMAP表示で、その全ての範囲を見ることが出来たからだ。
正確に言えば、目の前の大樹を中心に壁まで五〇〇メートルもない。
それこそアルテアダンジョンの一階よりも狭いことになる。
さらに良く見ると、次の階に進むための階段が存在しない。
MAPが正しいとすれば、この階がダンジョンの最下層になる。
「ねえ、ソラ。あの大きな樹のところまで行ってもいいかな?」
「……特に危険もなさそうだしいいと思うが……」
気配察知にも魔力察知にも反応はない。いや、魔力察知は反応している。
その数は一つで、その発生源は目の前にある大樹からだ。
ただ大樹から感じる魔力量は、その大きさからは考えられないほど弱い。
まあ、樹が魔力を発していること自体初めてのことだし、その大きな外見からすると弱々しいといった感想になるわけだが……。
「うんとね。何か呼ばれているような気がするの。けどソラたちが止めた方がいいって思うなら、一度戻ってしっかり準備してからでも大丈夫だよ」
俺はセラと顔を見合わせ、アイコンタクトを取った。
どうやらセラは俺に任せるようだ。決して責任の擦り付け合いをしたわけではない。
「そんな広い場所でもないし、気になるなら行ってみるか。もちろん警戒しながらな」
その言葉に二人が頷くと、俺、クリス、セラの順に列を作って大樹に向かって歩いて行くのだった。
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