第419話 ヴァンの樹?

 水晶の樹。その正体が分かったのは翌日の昼過ぎだった。

 俺は特に出来ることもなかったため、手持無沙汰になっていたからとにかく再びダンジョンに行くための準備をしていた。

 本当はヒカリの看病をしようとしたのだが落ち着きなくいたら追い出され、かといって何かしてないと悪い方へと考えが引っ張られたためだ。

 ちょうどその話をクリスが持ってきたのは、お昼を食べてお城の料理人たちと料理をしている時だった。


「ヴァンの樹? かもしれない?」

「はい、お婆ちゃんがスイレンさんから聞いたみたいです。もっともスイレンさんも魔人の方から教えてもらったようです」


 ちなみにかもしれないというのは、水晶みたいな外観はヴァンの樹と同じようなのだが、効果が全く異なるからのようだ。


「はい、ヴァンの樹は生気を吸い取るという効果があるようなのですが、それによって意識を失い続けるということはないみたいなんです」


 もともとヴァンの樹は、はるか昔に黒い森の一部地域に生えている植物で、それを加工することで魔物除けや魔物を弱らせる魔道具を作っていたそうだ。

 しかしそれもいつしか見かけなくなり、今では外見的な特徴とその効果のみが伝えられていたそうだ。


「それじゃ目を覚ます方法とかは分からないままか……」

「ごめんなさい。力に慣れなくて」

「クリスが悪いわけじゃないから。それよりどうするかだな。治療法が分からないと手が出しようがないし」


 一応状態異常の効果を打ち消す薬品を創造で作ってみたが、効果がなかった。


「いっそエリクサーなら……」


 俺はふと思ったが、そもそもエリクサーを複数作ることが出来るほど聖樹の実があるかも分からない。

 だがこのままじっとしていてもどうしようもないのが現実だ。

 もっとも一番の問題は、たったの三人でダンジョンを進むことが可能かというのがある。

 八階はトラブルこそあったが、それでも魔物が出て来なかったから無事通ることが出来た。

 援軍を呼ぼうにも、誰一人八階に行けないのが現状だ。

 話を聞いたアルフリーデたちが試みたようだが、あの扉を開くことは出来なかったという話だし。


「……一度九階がどんな感じになっているかだけ見てくるかな」


 九階に入ってすぐにMAPで確認すれば、少なくとも広さや魔物の有無は分かるかもしれない。

 本当、アルザハークから詳しいことを聞いておけば良かった。

 もしくはユイニ辺りにでもダンジョンの内容を残しておいてくれれば良かったのに。


「って愚痴を言っても仕方ないか」

「ソラ?」

「いや、こっちの話だ。とりあえず今から行って確認だけしてみるよ。進むにしろ、進まないにしろ、どんな感じかは見ておいて損はないと思うし」

「……それなら私も行きます」

「……危ないかもだぞ?」

「それなら一人で行かない方がいいと思うよ? それに何もなければすぐに戻ってくるんですよね?」


 クリスはここぞという時には頑なに譲らないからな。下手に説得しようとしても無駄か……。


「ならセラにも声を掛けておこう。後で仲間外れにしたなんて分かったら何を言われるか分からないからさ」


 セラは気にしないかもしれないが、クリスを危ない目に合わせたと感じたらきっと怒るだろう。

 セラは確か親衛隊やサークと一緒に今日は鍛えると言っていたから、まずはそこで理由を話して一緒に来てもらうことにした。


「今日はあくまで下見かい?」

「ああ、本格的に行くとしたら朝の早い時間からの方がいいからな」


 もちろんダンジョンの九階が外と同じ時間サイクルで動いていると想定してだ。

 八階までは齟齬がなかったようだが、だからといって九階も同じかはやはり行ってみないと分からない。

 何故それを気にするかといえば、やはり歩くなら夜の闇の中よりも日が出ている時の方がいいと思うからだ。魔道具があるとはいえ、やはり暗闇の中歩くのは大変だ。


「それじゃ確認してくるよ」


 俺は階段を下りて九階へと一歩踏み出すと、一瞬にして視界は切り替わった。

 何かに強襲されることはなかったが、突然森の中だったからそれに一番驚いた。

 俺はとにかくMAPを呼び出し、気配察知に魔力察知を同時に使う。この時時空魔法を使って俺の周囲の時間を遅くするのも忘れない。

 最大出力で使って時間を完全停止させるとMPが辛くなるから、今回はその辺りを調整している。

 魔力を流してMAPの表示範囲を広げて、まずは階の広さを確認する。

 並行しながら魔物などの確認も行う。

 結果分かったことは、九階の広さは八階に比べて狭いことが分かった。

 階段まで真っすぐ進めば三日ほどで到着出来る距離だ。もちろん夜はしっかり休んでの計算だ。

 また魔物の存在、かは分からないが、反応を捉えた。

 数は一〇ほどで、気配というよりも強い魔力を感じる。

 その魔力は、何処かクリスたちエルフから感じるそれに酷似しているような気がした。


「敵か味方か……」


 数は少ないが、何者かがいるということが分かったのは大きい。

 それと森は木々の間隔が比較的空いていて、人が歩くには十分な距離が保たれているのがいい。

 ただゴーレムを召喚する場合は、少しサイズを小さくする必要がありそうだ。


「とにかく一度戻って報告だな」


 俺はMAP上に映る反応をもう一度確認して、クリスたちの待つ階段へと戻っていった。


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