第416話 アルテアダンジョン 8F・3

 ダンジョンに入って三日目。あと少しでこの階の中間地点に到着する。

 最初は寒さに戸惑ったが、二日目からは進む速度も少し上がったため、予定よりも早く進めている。もちろん無理は一切していない。

 やがてそれは俺たちの目の前に現れた。


「何あれ?」

「水晶……の樹?」


 ルリカの言葉に、クリスが自信無げに答えた。

 確かに見た感じ水晶に見えなくもない。樹氷というには透明度が違う。何故なら透過していて、向こう側が見える。

 いや、それを言うなら水晶でもここまでの透過率はないか?


「あ、ヒカリちゃん。それにセラとルリカも!」


 考え事をしていたらクリスの焦ったような声が耳に飛び込んできた。

 見ると三人が樹の方に近付いて行っている。

 その足取りは何処かおぼつかず、雪に足を取られている。

 それでも三人の歩みは止まらない。

 俺も慌てて追い掛けるが距離が開いている。

 俺は走りながらゴーレムに命令を出したが、途中でその動きが止まった。

 俺はそれを見て、ゴーレムから魔力が感じられないのに気付いた。


「セラちゃん、しっかりして!」


 前を行くクリスがセラの腕をつき叫んだと同時にバランスを崩し、二人は雪の地面に倒れた。

 俺はそれを横目で捉えながらヒカリのもとに転移を使い、飛んだ瞬間雪の中にダイブしていた。冷たい。

 ガバッと顔を上げれば、先ほどいた場所から少ししか移動していない。

 もう一度飛ぼうとしたが転移が発動しない。

 俺は仕方ないから立ち上がり駆け出したが、一歩前に進むにつれて気怠さを覚えた。

 それはヒカリたちに近付くごとに強くなる。

 俺は走るのを止めて歩き出したが、するとその気怠さが消えた。

 ただ早歩きをしても二人には追い付けなかった。仮に走ったとしても、むしろ今よりも進む速度は遅かったから、どちらにしろ追い付けなかったのかもしれない。

 そして二人は水晶の樹の目の前まで行くと、その手を伸ばし水晶に触れた。

 水晶は輝きを増し、一際強い光を発すると二人はパタリと雪の中に倒れた。

 俺は慌てずとにかく確実に二人に近付くために歩いた。

 到着してヒカリの体を揺すったが反応がない。ただ息はしているようで、脈もある。ルリカも同様だ。

 俺は一先ずルリカを背負うと体に固定し、ヒカリを抱きかかえてここから離れる。

 二人が倒れた原因は間違いなくこの水晶にあるはずだ。

 俺が引き返して戻ると、クリスの傍らでセラが座り込んでいるのが見えた。


「セラは大丈夫なのか?」

「ちょっと気怠いさ。ただ目が覚めたさ」


 セラはゆっくりした動作で立ち上がると、クリスの肩を借りながら歩き出す。

 歩きながらセラから聞いた話によれば、水晶を見ていたら意識が遠のいていったそうだ。

 次に気付いた瞬間は雪から伝わる冷たい感触。それで目が覚めたと言った。

 俺は動かなくなったゴーレム二体を回収すると、水晶の樹から十分離れたところで一度休むことにした。


「クリスは大丈夫か?」

「う、うん。あの水晶の近くにいた時は少し辛かったけど大丈夫だよ」

「やはりあの水晶が原因か……」


 俺は板の上に横にした二人を鑑定してみると、状態が魔力枯渇となっていた。


「どうやら魔力を奪われたみたいだな」


 転移が失敗したのもそれが原因に違いない。それにゴーレムが動かなくなったのも、魔力がなくなっていたからみたいだし。

 そうなると俺とクリスの二人が自由に動けたのは、魔力量が多かったからだろうか?


「とりあえず休憩しながら回復するのを待つか」

「そろそろお昼時ですからね」

「ヒカリちゃんあたりは料理の匂いで目を覚ますかもさ」


 セラの言葉に思わず笑った。確かにその可能性は捨てられない。

 ちょっと暗くなっていた雰囲気もその言葉で消えた。

 俺はかまくらを作るとマナポーションを飲んでゴーレムを呼び出した。

 そのまま俺は料理を開始し、クリスは二人の様子を見てくれている。セラは一応ゴーレムと一緒に見張りに立っている。大丈夫か聞いたら、マナポーションを飲んだら楽になったという。

 料理は程なくして完成したためセラを呼んで配膳を開始した。


「眠ったままさ」


 セラの言葉通り、料理を食べ始めても二人は変わらない。

 このまま休めば二人は回復するだろうか?


「なあクリス。休めば大丈夫だと思うか?」

「状況が状況でしたから……正直言って分かりません」

「ならマナポーションを飲ませたらどうさ」


 セラの提案した当たり前な方法、それが一番か?

 俺は魔力察知を使って確認してみたが、先ほどから感じられる魔力量が変わっていない。

 正確に言うなら全く感じられない。

 クリスとセラがそれぞれ二人を起こしてマナポーションを飲ませようとしたが、口からダラダラとポーションがこぼれてしまい一向に飲ませることが出来ない。

 なら例のあれか。ここは二人に任せるのいいだろう。

 そして何となく察した俺は静かに立ち上がり席を外した。

 ふう、外は涼し……いや、寒い。


「ソラ……」


 MAPや気配察知で周囲の様子を確認していたら、クリスが泣きそうな顔で現れた。


「何かあったのか?」


 容態が急変したのか?

 そんなことを思っていたら、顔を赤くしたままマナポーションを飲ませることが出来ないと訴えてきた。

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