第389話 罠・3

 カランと音がした。

 それはクリスの杖が、床に落下した音だった。

 クリスはそれを呆然と聞いていて、やがてゆっくりとアルゴたちの方を……正確には隷属の仮面を被ったエルフを見た。

 そして力ない足取りで近付くと、アイテムで拘束されたエルフの仮面に手を伸ばしその手を止めた。

 仮面には魔法的なものがかかっていて、とれないようになっている。

 それを無理に剥がすと、精神に大きなダメージを受けて心が壊れてしまうとイグニスは以前言っていた。

 クリスがこちらに振り返り、縋るような目を向けてきた。

 俺は駄目もとでリカバリーを使ったが、やはり解除することは出来なかった。


「ごめん。俺のでは無理だ」


 やはり俺の使うリカバリーでは隷属の仮面の解除は無理だった。

 ミアなら……という思いは、俺だけでなくクリスたちにもあるだろう。

 やはりこの隷属の仮面を解除出来る者を探すのが一番だ。

 もしくはミハルも確か聖女だった。彼女なら解除することが出来るのだろうか?


「なあソラ。この人のことを知っているのか?」


 俺たちのやり取りを黙って見ていたアルゴが尋ねてきた。


「……ああ、俺は直接知ってるわけじゃないんだけど」


 俺はクリスたち三人を一度見た。話して大丈夫なのか迷ったからだ。


「……もし、この人が私たちの知る人だったらだけど……お婆は私たちを育ててくれた人だよ」


 ルリカが俺に代わり説明をしてくれた。

 エルド共和国で孤児の面倒を見てくれていたこと。戦争の後で、出掛けたきり戻らず行方不明になっていた等々を。


「そんなことが……」


 その話を聞いたアルゴたちは、言葉を失っていた。


「それでアルゴさんたちはこれからどうするんだ?」

「ソラたちはどうする?」

「当初の予定通りこの城に捕まっている仲間を探すよ」

「そうか……俺たちも手伝ってやりたいが……」


 アルゴは仮面の女性……モリガンとカリナを見た。

 確かに二人を連れての移動は難しいかもしれない。モリガンは意識がないし、カリナも回復したとは言い難い状態だ。


「大丈夫ですよ。むしろしっかり守ってもらえた方がこちらも安心出来るし。クリスたちはどうする? ここに残ってもいいんだぞ?」

「……私たちも行きます。アルゴさん。おばあちゃんのことよろしくお願いします」


 クリスの言葉に、アルゴたちは神妙に頷いた。


「いいのか?」


 とナオトは心配そうに聞いたが、クリスはコクリと頷いていた。

 アルゴたちはひとまず部屋の一室に移動して、そこで様子を見ることにしたようだ。獣人の人が外に援軍を呼びに行くとも言っていた。

 単独行動になるが大丈夫かと思ったけど、気配を消すのに長けているから問題ないとその獣人は言っていた。

 途中まで……最初の分かれ道まで一緒に進みそこで別れた。


「この先が、以前聖剣が置かれていた場所になる」


 何かしら神聖な力を感じたような気がしたということで、まずはそこに行くことにした。


「主、待って。誰かいる?」


 ヒカリの言葉で皆が足を止める。

 確かに複数の反応があるような気がするが姿は見えない。駄目だ。

 気配察知と魔力察知をそれぞれ使ってみたが……魔力察知の方に強い反応があるような気がする。


「この先はどうなっているんです?」

「特に何もない一本道だと思ったんだが……ただついて歩いていっただけだからな。あまり良く覚えてない。悪い」


 言葉からは分からないが、ナオトは本当にすまなそうにしている。

 シールドを張っていけば不意の攻撃も大丈夫だが……。


「とりあえず囮を先行させてみよう」


 ということでゴーレムを召喚。すっかり忘れていたな。

 ゴーレム含め皆にシールドを使うと、俺はマナポーションを一本飲んだ。

 そして命令に従って歩き出したゴーレムは、しばらく進むと蜂の巣になった。

 正確には魔法が次々と飛来して、ゴーレムが被弾した。


「……罠が仕掛けてあるのかもね」


 ルリカの言う通りかもしれない。気配察知ではなく魔力察知に強い反応を覚えたのはそれが原因かもしれない。


「今ので全部罠が発動したかな?」


 魔力察知を使うと、先ほどよりも反応が弱くなっているような気がする。

 一度こちらにゴーレムを戻してみたが、同じところを通ったが魔法による攻撃はなかった。


「大丈夫そうかな?」


 ゴーレムに魔力を流して損傷した個所を修復し、再度シールドを使って先行させる。

 するとやはり魔法の発動はなく、今度は攻撃されることなくゴーレムが進んで行く。

 俺たちはそれを見て、距離を保ちながら後に続いた。

 その後は特に何かの攻撃を受けることなく、やがて立派な扉が遠くに見えてきた。

 そしてその扉の前に、杖を構えローブに身を包んだ、魔法使いたちの姿があった。


「侵入者かと思ったら……勇者様ではないですか。ここには何の用で来たのですか?  魔王の討伐は済んだのですか? それに……」


 その中の一人が声を掛けてきた。

 何となく覚えがある。確か最初に召喚された時に、王の近くにいた者の一人だ。


「そこにいるのはあの時召喚された異世界人? 生きていたのですか?」


 どうやら俺のことも覚えているようだ。


「とにかく、今はここを死守するように王より命を受けています。貴方も勇者なら、外の魔人と獣どもを……何故獣と一緒にいる? それにそこにいるのは……エルフ?」


 だが話しているうちに俺たちの中にいる他の人たちのことも気付いたようだ。

 それを見て大きく目を見開くと、大きな笑い声を上げた。


「はは、さすが勇者。新たな生贄を連れてきてくれるとは。さあ、そのエルフをこちらに渡してください! それとも……一緒に死にたいですか!」


 そして支離滅裂な言葉を吐き出しながら、魔法使いたちの攻撃が始まった。

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