第386話 罠・1

 その特徴的な尖った耳を見た瞬間。制止するギルフォードの手を振り払い牢に近付き声を掛けた。

 壁から伸びる鎖……拘束具によって捕らわれていた彼女は、声に反応して俯いていた顔を上げた。

 生気のない瞳は焦点が合わず、こけた頬からは痛々しさが伝わってくる。


「違う……」


 と思わず呟いたアルゴだったが、その惨状を目にして牢を破ろうと剣を手にして、その時異変に気付いたようだ。


「アルゴ、下がれ!」


 ギルフォードの焦った声に反射的に飛び退いたアルゴは、突然出現した黒い影を躱すことに成功した。


「な、何だあれは……」


 驚愕するナオトの視線の先、突き当りの壁に魔法陣が浮かび上がり、そこから影が伸びていた。

 影は次々と魔法陣から飛び出し、やがて人の姿を形作っていった。


「ちっ、罠か!」


 ギルフォードの呟きに、俺たちも武器を構え影たちを迎え討つ。

 影たちの動きはそれほど速くなく、攻撃も単調なため対処は簡単なように思われた。


「な、何だこいつは」


 けど実際に戦ってみると武器での攻撃が効かない? 

 斬撃で真っ二つにしたはずの影が、すぐに元通りになって襲ってくるのだ。


「魔法を!」


 すぐに物理攻撃は効果がないと判断したアルゴが指示を出す。

 狭い空間で魔法を使うのはフレンドリーファイアの危険もあるが、そこは高ランク冒険者。見事な連携をとっている。

 俺とクリスも注意しながら水と風の属性魔法で攻撃した。

 しかしその魔法も影には通用しないようで、斬撃よりも効果はあるがしばらく経つと再生してしまう。


「くそっ。どうすればいいんだ」


 影の数は一〇体まで出現して止まっているが、防戦一方で明らかにこちらが不利だ。

 しかも相手に触れられると、どうも体力が奪われるみたいだ。

 再生中の影は動きが止まるが、そうなるとこちらも攻撃し続ける必要が出てくる。

 このままでは先にこちらの体力と魔力が尽きてしまう。ジリ貧だ。

 対処の方法が思い浮かばず撤退の二文字が思い浮かぶ。どうやら影は、魔法陣から一定以上は離れられないみたいだから。

 だからあそこには二人のエルフがいる。助けないと。

 それは他の者たちも分かっているようだ。


「あの魔法陣をどうにか出来ないか?」


 ギルフォードの問い掛けに、クリスや魔法使いたちが首を振る。

 俺も先ほどの戦いで魔法を放った時、影を貫通して魔法陣まで魔法が届いた時があったが、手前で魔法が消えたのを覚えている。

 もっと強力な威力のある魔法を使えば可能かもしれないが、その場合懸念することが一つある。

 この場所は地下だ。魔法陣を破壊するほどの威力の魔法を使った場合、生き埋めになるほどの危険がないかという心配がある。

 大丈夫だと思いたいが、万が一ということがある。


「一つ、試したいことがあるんだがいいか?」


 その時だった。黙って話を聞いていたナオトが言葉を発した。


「試したいこと?」

「ああ、これだ」


 ギルフォードの質問に、ナオトが剣を掲げて何事か呟けば、その刀身が真っ白い光を纏った。

 ナオトの職業は勇者の前は確か剣聖だったか? もしかして剣聖のスキル?

 魔力察知を使わなくても分かる。その刀身からは聖なる波動を感じる。

 そしてその効果は絶大だった。

 離れているにもかかわらず、影たちがナオトから離れるように後退する。

 それを見た俺たちは確信する。これならいけると。

 そしてもう一つ。聖属性が有効だということで、他の面々も対アンデッド用の装備に変更した。

 俺たちも剣に聖水をかけたり、聖属性を付与したりと準備をする。


「いくぞ」


 アルゴの合図で、ナオトを中心に陣形を組む。

 ミアがいれば大活躍だったかもな、とふと思いその考えを頭から追い出す。

 まずは目の前のことに集中だ。

 やがて戦いは始まり、先ほどの苦戦が嘘のように影たちは消滅した。

 ただ影を二つに切断しただけでは駄目で、細かく刻まないとゆっくりだが再生してしまうためそれが大変だった。

 流れはこちらにきている。

 これなら全ての影を倒すことが出来る。

 誰もがそう思った。

 けどそれは始まりに過ぎなかった。

 一体、二体、三体と影を攻略し、残り一体になった時にそれは起こった。

 悲鳴が耳を打った。

 それは牢に繋がれたエルフが発した音。

 そしてそれに呼応するように魔法陣が活性化した。

 一体、二体と新たな影が魔法陣から飛び出してきた。


「お、おい。あれ」


 それは誰が呟いた言葉だったか。

 だが影の出現よりも俺たちに恐怖を与えたのは、悲鳴をあげたエルフの様子だ。

 体中の穴という穴から出血したんじゃないかと思うほど血が噴き出し、体を痙攣させている。

 このまま影を倒すことは可能だが……。

 そのダメージ……負担はエルフが背負うことになる?


「ナオトさん。それであの魔法陣を破壊出来ると思いますか?」

「……やってみないと分からないな」


 俺の問い掛けにナオトは自信無げに答えた。

 だが試してみないと結果は分からない。

 それに俺の聖属性付与した武器よりも、ナオトのスキルによる強化の方が威力があった。


「俺たちが影をひきつけます。その隙にナオトさんは魔法陣を攻撃してください」


 俺たちは素早く武器を変更し、アルゴたちの仲間の一人……盾持ちをナオトの護衛に付けると、影を消滅させないように気を付けながら戦いを再開させた。

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