第375話 引っ越し

 元の世界に戻ってきた俺たちは、今色々と忙しく動いている。

 それはエリスが魔王ではなくなったことと関係していた。


「ふむ、やはり魔王様の魔王としての資格がなくなっておるのう」


 翁の説明によると、魔王でなくなったことでここの魔王城にも影響が出るとのことだ。

 魔王城は魔王がいない時はその機能を失い、存在を維持することが出来なくなる。

 資格のある者——魔人の血を引く者以外は、やがては視覚的にも捉えることが出来なくなるとのことだ。

 また移動も出来なくなるため、魔王城が消える前に外に出ないと一種の異空間に捕らわれることになってしまうとのことだ。


「なら早く出ないと!」


 それを聞いたルリカは慌てるが、まだ時間的な余裕はあるそうだ。あとは一応抜け道のようなものもあるらしい。


「まずはあの者たちの処遇を決めるのが先じゃよ」


 翁の言うあの者たちというのは、勇者たちのことだ。

 コトリが心配そうに翁を見た。


「大丈夫じゃよ」


 翁とイグニスを先頭に、俺とヒカリとコトリの三人が後についていく。

 ルリカたちはエリスの私物を整理するそうだ。

 他にはウィンザと数人の魔人が最果ての町へ向かっている。

 スイレンたちに事情を説明する役割と、俺がヒカリに渡していた転移の目印となる魔道具を設置するためだ。

 何でもイグニスたちが使っていた転移の魔道具は、魔王城が正常に機能しないと使えないものとのことだ。それにはエリスの契約精霊である空間の精霊の力も関係しているらしい。

 勇者たちが保護? されていた場所は地下の牢屋だった。

 コトリがそれを見て嫌そうな顔をしている。


「き、貴様ら!」


 俺たちの存在に気付いた一人、シュンが立ち上がり叫び声を上げた。

 その瞳は憎々し気に翁とイグニスを睨んでいたが、コトリに気付くと、


「この裏切り者が!」


 とコトリに罵声を浴びせてきた。

 コトリはその剣幕に一歩後退し、ヒカリが庇うようにコトリの前に出てシュンを睨んだ。

 その様子を見たイグニスはため息を吐くと、シュンに向かって一歩踏み出した。

 シュンはそんなイグニスに対しても何かを言おうとしたが、次の瞬間腰砕けになって床に蹲った。

 何故そんなことになったのかは俺にも分かった。

 イグニスの後方にいるのに、怒気のようなものを僅かに感じた。

 たぶん俺の威圧と似たようなものをシュンに放ったのだろう。

 生まれたての小鹿のようにプルプルと震えているが、コトリも同じように体を震わせていた。何故か顔を真っ赤にして。


「黙れ」


 イグニスは一睨みすると、その視線をナオトとカエデの方に向けた。


「俺たちをどうするつもりだ?」


 余波を受けたようで、ナオトの顔は真っ青だ。

 もともと戦って負けたというのもあるが、改めて対峙して力の差を感じているのだろうか?

 ただカエデを庇うようにして彼女の前に立つ姿は、格好良く見えた。


「まず、お前たちが元の世界に帰る術は今のところない。そして、お前たちを助けにくる者もいないだろう」


 イグニスは淡々とこの世界の真実を話す。

 突然言われた者にしたら信じられない話しだし、それを信じろと言うのは酷かもしれない。

 実際シュンは「嘘だ!」と騒いだが、ナオトとカエデはそれを受け入れていた。

 特にカエデは隷属の仮面をつけられた時の記憶が残っていたようで、彼らが話していた内容も朧げだが覚えていたみたいだ。


「それで俺たちはどうなる?」


 再度問い掛けてきたナオトに、


「まずは奴隷契約を結んでもらう。今のお前たちは何をしでかすか分からないからな」


 とイグニスは言った。


「それが良かろう。特にそっちの坊主は重度そうじゃしのう。奴隷主は……コトリの嬢ちゃんで良いかのう」

「制約じゃ駄目なのか?」


 俺と同じようにすればいいかと思ったが、状態異常耐性スキル制約それを破ったから確実ではないか。

 結局三人はコトリと奴隷契約を結ぶことになった。

 コトリは困っていたが、拒否権がないことを悟って諦めたようだ。

 イグニスが「殺した方が早い」と呟いたのも大きかったと思う。


「嬢ちゃん、しっかり手綱を引いておくのじゃぞ」

「が、頑張ります」


 両の手を握り締めて、コトリが気合を入れている。

 それから一転してカエデとの再会を喜んでいる。

 シュンとナオトはまあ空気だ。

 コトリはカエデには色々と世話になったということだし仕方がないか。

 その後イグニスにウィンザからの連絡が入り、俺たちも最果ての町に移動することになった。

 その前にミアをどうして運ぶか悩んだが、アイテムボックスに入れることが出来た。

 今後は俺が責任持ってアイテムボックスで保管した方がいいのか、俺に何かあった時のために最果ての町で看ていてもらった方がいいかを話し合う必要がある。

 あとは転移で何人を一度に運べるかだが、俺たちいつものパーティーメンバー五人にエリス、コトリたち勇者四人を合わせて一〇人になるが一度に転移出来るみたいだ。

 翁やイグニスたち残った魔人は、しばらく魔王城を守るため残るみたいだ。


「それでは魔王様……いや、エリス様。しばらくは最果ての町でお過ごし下さい」


 イグニスをはじめ、多くの魔人に見送られて俺たちは最果ての町へと転移した。

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