第368話 監視?(獣王視点)
「ふむ、誰かに見られていると?」
あれから配達依頼を三つ終わらせた俺は、疲れ……てないな。とにかく日が暮れたから宿に戻った。
宿にはリュリュをはじめとした主だった者たちが集まっていた。
宿の片隅で顔を突き合わせているから怪しい集団だ。
特に知らない人が見たら、一見すると幼女のような小柄なリュリュを取り囲む厳ついおっさんたちの絵面だから、もうアウトだろう。通報されてもおかしくない。
ただ生憎と今は俺たち以外では宿の従業員しかいないから問題ない。
そもそも俺たち以外の宿泊客がいないんだよな。
いつもなら冒険者が滞在しているそうだが、今はその多くが城塞都市に行ってしまっていない。
そのため貸し切り状態だ。
さすがに俺たちも人数が多いから、他の宿にも泊っている者がいるけど。
「エンドさん聞いているっすか?」
おっと、つい違うことを考えていた。
「気のせいじゃないのか?」
「そんなことはないっす!」
「……リュリュに好意を持つ者が現れたとか?」
ついそんなことを口にしたら、なんか周囲から殺気が漏れ始めた。
あ、宿の子が怖がっている。
俺はとりあえずその中の一人に拳骨を落とすと、頭を下げてペコペコと謝った。
リュリュはマスコット的な存在として皆に愛されているからな。ある意味こいつら、俺よりもリュリュに忠誠を誓っているんじゃないかと思うほどだ。
で、どうなんだ本当のところは?
ん? 何で視線を逸らす。
怒らないから本当のことを言ってもいいんだぞ?
と、やってたらリュリュに今度は怒られた。
そこ! デレデレしない! 有難うございますじゃない、まったく。
「確かにリュリュ嬢の言う通りだ。質の違う視線を感じる時がある」
それまで黙って話を聞いていたヒートが口を開くと、場の空気が引き締まった。
ヒートが言うなら間違いないだろう。俺が連れてきた者の中でも、一、二を争うほど隠密系に優れた能力を持っている者だ。戦闘力もあるから単独行動を任せられるほど信頼も厚い。
「我らの障害になるかと思うか?」
「そんなの分からないっすよ」
「なら一度誰が探ってるかを調べる必要があるな。出来るかヒート?」
「問題ない。ただ複数人いるようだし、こっちも人手が欲しい」
「人選はヒートに任せる。なら明日からはそのつもりで動け」
俺の指示に皆が深く頷いた。
王国がこちらの動きを感知して監視を放ったか?
フィーゲルの話では、厄介な集団が王国にはいるって話だったからな。詳しいことはあのフィーゲルでも分からないって言ってたし。
「出来ることなら作戦が始まる前に済ませておきたいな」
「エンドさん、それは不用意な発言っす。誰が聞いているか分からないんすよ」
俺の呟きに、リュリュは焦ったように小声で言ってくる。
確かにここは宿の食堂で、個室ではない。
だが俺はここには俺たちしかいないことを知っているし、従業員も近くにいないことをしっかり認識している。だから誰かに聞かれることはないから大丈夫だ。
ま、確かにリュリュからしたら心配するのは当たり前だから、今後は注意しよう。
「とりあえず今日は飲むか! いつも通りの方がいいだろう?」
俺がヒートに尋ねると、その通りだと彼も頷いた。
話の分かる奴だ。ま、ヒートも酒好きだからな。仕事に支障が出ないようにコントロールしながら飲んではいるけど。
そんな俺たちをリュリュは半分諦めたようにため息を吐いていた。
翌朝。いつものように起きて冒険者ギルドに向かった。
ギルドの掲示板を改めて見れば、雑務の依頼の数が大分減ったことが一目で分かる。
俺がこのギルドに来た時は、少なくとも掲示板の一角が依頼票で埋まっていた。
今では壁の地の色が分かるほど空白が目立つようになった。
「それでもまだ終わらないか……」
この街にいる冒険者に話を聞けば納得の理由だ。
王都にいる冒険者の殆どが別の町からの経験者のため、低ランクの、特に雑務の依頼を受ける者は殆どいない。
駆け出しもいるにはいるが、すぐに討伐依頼など実入りの良いものを受けるようになる。
「何をするにも金だからな」
王都出身で家があれば別だが、宿に泊まるにも金はかかるし、装備を揃えるにも金がかかる。他にもポーションなど色々と用意する物が多い。
おっと、先に依頼を受けるか。
受付を済ませたら街中を進む。
少し注意して歩けば、確かに違和感を覚えた。
俺を追っている?
言われなければ気付かないレベルだが、一度気付いてしまえば俺には分かる。
一瞬捕まえるか? と思ったが、それは俺の仕事じゃない。
むしろ相手にこちらが気付いたことを悟らせない必要がある。
変に警戒して逃げられるのも駄目だし、かといって相手を捕まえるために俺が大立ち回りをして目立つわけにもいかない。
まずは相手の正体を掴むのが先決だ。
これが王国の手の者じゃないと分かれば俺自らが動けるんだがな……。
俺は仲間たちからの朗報を信じて、いつも通りに振る舞うのだった。
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