エレージア王国崩壊編
第367話 配達依頼(獣王視点)
俺の名はリッチエンド。ま、偽名だがな。
ただこれは俺が冒険者として活動していた時に名乗っていた名前だから、今回はそれを名乗っているともいう。
何故なら今日も今日とて冒険者ギルドで依頼を受けるからだ。
「あ、あの~。本当にこの依頼でいいんですか?」
このやり取りももう何度目になるのか。ギルドの受付嬢のミカルに向けて、俺は頷いた。
「うむ、構わぬ構わぬ。それに王都は広すぎて、なかなか道を覚えられなくてな。道を覚えて金も稼げるなんて最高じゃないか!」
「そ、その……私たちは助かるのですが。リッチエンドさんは……」
「言いたいことは分かる。確かに俺もAランク冒険者として低ランクの者たちの依頼を奪うことになって心苦しくはあるが……それにあまり俺の受けられそうな依頼もないしな」
「い、いえ。それは大丈夫です。その、配達の依頼とかはあまり受ける方がいませんから……」
ミカルは少し残念そうに言った。
ま、俺の言い訳も半分は嘘だ。確かに討伐依頼など難易度の高い依頼は殆どない。殆どないというだけで、全くないわけではない。
だが先に述べたように、今優先すべきことはこのエレージア王国の王都の地理を覚えることだ。
これが今後の作戦において役に立つはずだ。
と言っても、これは今回こちらに来ていない参謀から言われたことだ。
出来ることなら討伐依頼を受けて暴れたいところだが、この作戦を失敗すると後が怖いから我慢する。
あ、考えただけで体が震えてきた。
「あ、あの、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」
「う、うむ。大丈夫だ。それよりも俺のいた獣王国ではこういう依頼は少なかったが、ここでは多いんだな」
俺の言葉に、ミカルが何処か昔を懐かしむように言った。
「一時期減った頃があったんですよ。一人物凄く配達の依頼を受けてくれる人がいて。それに触発されて周囲の人たちも受けてくれるようになったんですよ」
「そうなのか。人のやらない依頼を率先して受けるなんて、見所のある者だな」
「そうですよね! 本当に凄かったんです……よ」
楽しそうに話すミカルの顔が、一転途中で悲し気に歪んだ。
む、もしかして何か地雷を踏んでしまったか?
女性がこのように変化する時は、回避するのが吉だと俺の今までの経験が警告を発している。
「で、ではとりあえずこれで手続きを頼む」
「はい……終わりました。それでは頑張ってくださいね」
優しい笑顔だ。プロだな。
それに若者に人気というのも頷ける。俺の部下の中にも密かなファンが出来たというが大丈夫か?
俺? 俺は嫁一筋だからな。鼻の下なんか伸ばしたら、二度と獣王国の地に足を踏み入れることが出来なくなるからな。
……妄想じゃないよ? 実物がいるからね? 本当だよ? 信じてないよね?
「エンドさ、ん。依頼は受けれたっすか?」
「お、おう、リュリュか。ばっちしだ! そう言うリュリュはどうなんだ?」
不意打ち気味に声を掛けられて驚いた。
今目の前にいるのは俺のお目付け役的な存在のリュリュ。同じ獣人だが、リュリュは狐の獣人だ。俺? 俺は誇り高き狼の獣人だ。
「え、おいらは今依頼を終えて戻ってきたところっすよ。時間があるからどうしようか迷っているところっす」
「…………」
「エンドさんは朝起きるのが遅過ぎっす。夜遅くまで飲んでるからっす」
「あ、あれは親睦を深めるためと情報収集のためであって……」
「まあいいですけど。国に戻ったらフィーゲルさんに報告するだけですから」
え? マジですか? い、いや、大丈夫だ。大義名分は我にあり! だ。
「とりあえずリュリュはほどほどにな。無理はするなよ?」
「大丈夫っす。体調管理が大事なのは分かってるっす。むしろエンドさんの方が心配っすよ」
リュリュはそう言って受付の方に歩いていってしまった。
どうにもリュリュと話すと色々な意味で調子が狂う。
俺の連れてきた者たちの中で一番背が低いし、一見すると弱そうだからハラハラする。とはいえ槍を持たせたら誰よりも強いには強いんだが……俺にはさすがに敵わないけどな!
ただ一番の理由は嫁の……妹なんだからなんだよな。
今も楽しそうにミカルと話している。
……俺の悪口じゃないよな?
「とりあえず依頼をこなすか」
嫁もフィーゲルも何を考えてるんだ。
これから俺たちがしようとしていることは危険なことだってのにリュリュを御付きで連れていくように言ってきて。
反対したら嫁に殴られたし。理不尽過ぎる。
あ~、考えるのは止め止め。
それよりも今から頑張って夜の酒代を稼がないと。
自分で稼いだ金なら誰も文句を言うまい。
ただな~。配達の依頼は依頼で、誘惑が結構多いんだよな。
特にあの屋台の連中。ぐいぐい来るんだよな。しかも美味そうな匂いで誘惑してくるから質が悪い。
王都に来た最初の頃は、俺たち獣人の姿を見て街の者たちの多くが何処か遠巻きで見るような感じで距離があった。
ここエレージア王国は帝国ほどじゃないが、人間至上主義の国だから仕方ない。
獣人自体が珍しいってのもあるんだろうが。
そんな中で屋台の連中は関係ないといった感じで話し掛けてきた。商売人ってのもあるんだろうが。
「……昼はまだだし、依頼を終えてからどっかで食べるか……」
俺は街の顔見知りたちに挨拶をしながら、今日も王都の中を歩くのだった。
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