第365話 エリザベート・3

 その者の姿を初めて見つけた時、心臓が止まるかと思った。


「あれは……アルザハーク?」


 姿形は龍神アルザハークだった。

 そのはずなのにその者からは神格を全く感じられなかった。

 それからというもの、私は彼の姿を追う時間が増えていった。

 楽しそうにアルカの地で生活している彼に……怒りを覚えた。

 また時を同じくして、不穏な行動を起こす種族が現れた。

 魔人……魔王が生まれた時から魔王に仕える集団。その者たちを見るとケッヘルを思い出すのは、ケッヘルが消えた後にアルカに誕生した種族だからかな?

 彼らは長寿種族のようで、年を重ねるごとに学び、私を殺すため涙ぐましい準備をしている。主君と仰ぐ魔王を殺す私を憎んでいるみたい。

 私はそれを眺めながら無駄なのにね、と思った。

 分かってしまうから。理解してしまうから。

 私を傷付けることなど、アルカの地に住む者には出来ないと……そう、私を傷付け滅ぼすことが出来るのは、異世界人だけだと。

 だけどせっかくだから、私はそれを黙って魔人たちと戦う。その方が楽しめるし、もしかしたらという思いもあった。


 時は流れ、あることが起こった。

 アルザハークがアルカの者と婚姻を結び、子を授かったのだ。

 私はそれを見て、心が冷えていったのを覚えた。

 嬉しそうなアルザハークを見て、沸々と湧き上がるのは憎しみだけだった。

 必死に、必死にアルカの地を支えている私に対する裏切りだと思った。

 だから私は決意した。アルザハークの愛する者を殺すことを。私たちの使命を忘れたというなら、今一度思い出させてやろうと。

 この頃から、私の心が本格的に壊れ始めたような気がする。

 アルザハークのパートナーを聖女にして、魔王を倒すために利用して殺した。

 私の存在を思い出したのか、彼は謝罪して残った家族の命乞いをした。

 その姿に、同じ力を持っていた彼はもういないと悟った。神格を全く感じない今の彼では、私を殺せないと理解させられた。


 それから一〇〇年近い月日が流れて、またアルカで争いが起こった。

 私は魔王にすべき者を探したけど、その者は少し幼過ぎた。

 けどその者が持つ能力スキルを見て決めた。

 精霊と契約している少女。しかも空間を司る精霊と。普通なら無理だけど、魔王に覚醒して力を有したら、もしかしたらここへ通じる扉を開くことが出来るようになるかもしれない。

 それだけでなく、今回異世界召喚された者の中に興味を惹く者がいた。

 その者は今まで見たことのない不思議な能力スキルを持っていた。

 時々その行動を追っていたら、彼は面白い出会いをしていた。

 中でも魔王の妹と聖女と出会い、行動を共にしているのを見て決めた。彼女たちを利用することにした。

 彼の殺意を私に向けることが出来たら、私を殺そうとしてくれるかもしれないと。

 そう思う一方、所詮人には無理だと思っているもう一人の自分がいる。

 結果はどうあれ、試してみようと思った。

 結局私が彼らを殺してしまったら、その時はそれが運命だと思えばいいのだから。

 そして運命の日がやってきた。

 魔人たちが得意げに私を殺す場を用意したと言って襲い掛かってきた。

 私は笑いを我慢して、必死に演技をする。無駄なのにと思いながら。

 またそこにいたエレージア王国の人形も利用する。

 どうやら彼と契約を交わしているから心に刻まれた闇を抑えられているようだけど、それが解けたら暴走するように刺激を与えた。

 彼がこちらの世界に来るようなことがあれば、契約は解除されるだろう。その時暴走を起こして魔王を殺せたら、退路を断つことが出来るかもしれない。

 激しい戦いの末、彼の一撃で私は倒された。

 私にその短剣を突き刺す彼の瞳を見て、私は微笑んだ。間違いなく彼の怒りは、最高潮に達している。

 それは間違いではなかったようで、私の住まうその世界に魔人と共にやってきた。

 自分の体で戦うのは初めてだけど、他人の体に乗り移って戦うのとは違った高揚感があった。

 楽しい。楽しい。楽しい。

 それが私の抱いた気持ち。

 そう思う一方で、冷静な私は考える。

 アルカを見守るという使命を持つ私と、もうその使命を終わらせたいと思っている私。私の心は……長い時を一人で過ごした孤独によってその感情の殆どを失った。

 今こうして蘇っているのは、感情を揺さぶられているからだ。

 だから私は自分で決めることを放棄して、運命に身を委ねることにした。

 私が彼らに勝てば、またアルカを見守ることにしようと思った。

 もし倒されるなら……。

 その戦いの末、彼らは魂の循環器を破壊しようとした。

 それを見て、あれが壊れたらアルカはどうなるのかと思った。自分たちが世界を壊した事実を突き付けた時どう反応するんだろうと興味を覚えた。

 けど勝手に体が動いてしまった。

 私は魂の循環器を守るように立ち、命を、神格を削られていった。

 攻撃が止んだ時、私はもう自分が助からないのを悟った。

 運命はアルカを選んだのだと思った。

 だけどアルカはいずれ終わるだろう。

 ここを管理出来る者がいなくなるから。それでも今まで貯めたエネルギーで、あと数千年は維持されるだろとうと思った。

 その間に誰かが戻ってきてくれたら……と思い可笑しくなった。

 何を期待しているのだと。今まで誰も帰って来なかったのにと。

 そんな私の期待を裏切るようにアルザハークが目の前に現れた。

 私の姿を見て、アルザハークが申し訳なさそうに顔を歪めたのが分かった。

 それでも私からアルザハークに言う言葉はなかった。何か言う力すら残っていなかった。

 それでもただただ、私の心は晴れ晴れしていた。

 これで私は解放されるのだと。

 私が目を閉じると思い出したのは楽しかったあの頃。一二柱の仲間たちとアルカの行く末を眺めていたあの頃。

 可能ならあの頃に戻りたかった、な……。

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