第362話 神界・7
「どういうことだ?」
力なく床にしゃがむエリザベートを見て、イグニスが訝し気に言った。
それは誰もが思った疑問に違いない。
その言葉にエリザベートは、まるで挑発でもするように笑った。
イグニスが思わず剣を振り上げたのを、翁がそれを止めた。
「翁!」
「……もうこれは……」
その言葉が途中で止まった。
その視線は透明の箱へと向けられて、驚きの表情を浮かべていた。
「ふふ、残念ね。ここで殺すはずが、まさか殺されちゃうなんて」
エリザベートは今の自分の状況を理解しているのか、心底楽しそうに、嬉しそうに言った。
エリザベートの体は弾丸に撃ち抜かれたように傷付き、至る所に弾痕のあとが見えた。
その傷跡からは血が流れ、それこそ先ほどだったら再生したのに、今はそれがない。
もしかして神殺しの効果を持つ弾丸で傷付けたからか?
「ふむ、余裕じゃのう。自分でももう死ぬことがわかるのかのう」
翁の問い掛けに「まあね」とだけ短く答えた。
俺はその姿に違和感を覚えた。
それこそ何故この箱を守ったのか理解出来なかった。
確かにエリザベートの体は、徐々に崩れていっている。先ほどまで殺していた魔人のように、手足の先から徐々に塵となっていっている。
まさかと思い俺は透明の箱を見た。
あれが残っている以上、何度でも復活出来る? だから守った? ゲームならここでパワーアップして復活する流れだよな?
俺はまだ力の入らない腕を上げて銃口を透明の箱に向けたが、複製も創造もまだ使えない。そもそも立っているのがやっとだし。
「大丈夫じゃよ。こやつが復活することはないはずじゃ」
そんな俺の腕を、翁が優しく触れる。
俺はその言葉に従うように銃口をおろした。何故か逆らえなかった。
エリザベートを見れば、先ほどの表情が嘘のように緊張していたが、俺が腕をおろすのを見て小さく息を吐いたように見えた。
俺がその様子を見ていたのに気付いたのか、慌てて表情をつくった気がする。
「最後に何か言い残すことはあるかのう?」
翁のその言葉にも少し違和感を覚えた。
それこそ先ほどの殺し合いが嘘じゃないかと思うほど穏やかな口調だった。
「そうね……まさか古い顔馴染みにこうしてまた会えて驚いたといったことかしら?」
その見当違いの答えに戸惑ったが、エリザベートの視線が俺たちのさらに背後に向けられていることに気付いて振り返れば、そこには竜王アルザハークが立っていた。
アルザハークはゆっくりと近付いてくると、エリザベートを見下ろした。目を細め、その様子を観察しているようにも見えた。
「私を殺しに来たのかしら?」
「……それは禁止されておる。それに……」
アルザハークはチラリと透明の箱の方に視線を向けると、天を仰いだ。
何かぶつぶつと呟いているようだが、俺には何を言っているのか聞こえなかった。
ただアルザハークの顔が悲しみに歪んだのは俺にも分かった。
そうしている間も、エリザベートの体は徐々に崩壊していっている。
その場にいる誰もが、その様子をただただ見守っていた。
止めの一撃を入れればすぐにでも終わりそうなのに、誰一人動く者はいなかった。
俺もその中の一人だ。
何故か動けなかった。あれだけ憎しみを覚えていたのに。
それは一秒でも長く苦しんで死ぬのを望んでいるからなのか?
そこまで考えて、俺は既にエリザベートはこのまま死ぬと思っている自分に驚いた。
先ほどまでは疑っていたのに、不思議と今はこのまま消えると何故か思っている。
もしかして翁はこれが分かっていたのか? イグニスたちが動かないのも、俺と同じように感じたからか?
変な術にでもかかったのかと思ったが、状態異常系に完全耐性を持つからそれはないだろう。
「ふふ、一思いに殺してくれないとは趣味が悪い」
視線を一身に受けているエリザベートが可笑しそうに笑っていた。
その笑顔は何処か、憑き物が落ちたような、それこそ女神と呼ぶのに相応しい慈愛に満ちた表情のように感じた。
「まあ、楽しかったぞ。本当に楽しかった。それに……」
エリザベートの体がいつの間にか胸元まで消えていた。残すところは、それこそあとは首から上だけだ。
それなのにエリザベートは苦しむ表情一つしないで口を開いた。
「……これで……」
ただその最後の言葉は途中で途切れた。
エリザベートの顔が塵となって消えたからだ。
そしてその塵、魔力の残滓のようなものが全て透明の箱に吸い込まれると、それは眩い光を一度点灯させると、何事もなかったように元の状態に戻った。
こうしてエリザベートとの戦いは終結した。多くの疑問を残しながら。
俺は何処か不完全燃焼に終ったような感じを受けたが、それでもこれで彼女たちが解放されたならそれはそれで良かったと思った。
あとはあの世界に無事戻ることが出来るかどうかが、一番の問題か……。
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