第359話 神界・4

 魔力の高まりを感じて、魔道具が発動した。

 玉座の間で感じたような魔力の流れが、神殿内に満たされる。

 しかしエリザベートは笑っていた。

 それを見て本能が危険を察知したが、注意を促す前にそれは起きた。

 魔力の質が変化したと思ったら、それが爆発したような衝撃を生んだ。

 思わず目を閉じると、至るところで悲鳴が上がった。

 恐る恐る目を開ければ、神殿内にいた魔人の八割近くが横たわり、身を震わせていた。中には致命傷を受けて動かない者もいる。


「ふふふ、馬鹿の一つ覚えみたいに同じ手を使うなんて。何度も私に通じるとでも思っていたの?」


 嘲笑うように言い放つのはエリザベート。


「そろそろ終わりにしましょう? 私はこう見えても忙しいのよ。魔王を殺さないといけないし、それが終わってもやることが一杯ある……の」


 周囲を見回していて、俺と目が合った。


「そうだったわ。ここには異世界人がいたんだったわ。けどそうね……貴方の死を伝えたら、お仲間も後悔するかもしれないわね。この女神である私に逆らったことを」


 そして嬉しそうに言った。まるで楽しみがまた一つ増えたとでも言いたげに。


「それとここまで私の邪魔をしたんですもの。次の魔王はあの子、魔王の妹にするわ」


 俺はその言葉を受けて拳を強く握り締めたが、一度大きく息を吐き出した。

 ここで感情的になっては駄目だ。下手に反応するとエリザベートを喜ばすだけだ。

 あの女は言葉で相手の心を乱し、追い詰める。それが一種の武器のようになり、こちら側の行動を誘導する。

 怒りに我を忘れて単調な動きになれば、その分相手に有利に働いてしまう。

 だからここは感情をコントロールして冷静になるように自身に言い聞かせる。


「あら、我慢強いのね。さすが異世界人とくべつなひとといったところかしら? まあいいわ。魔人たち諸共ここで処分してあげるわ」


 エリザベートは言うと近くにいた魔人の首を刎ねた。

 すると魔人の死体は霧となって消え、魔力の残滓のようなものが一つは透明の箱の中に消えていった。

 そしてもう一つは、イグニスの持つ魔剣へと吸い込まれていった。

 エリザベートの無双は続き、それこそ死体をも切り刻んでいき、その都度魔力の残滓が吸い込まれていく。

 イグニスや翁たち生き残った魔人たちも応戦するが、エリザベートはまともに討ち合うことはしないで弾き飛ばし、間合いが開けば弱っている魔人もしくは死体を切り刻んでいく。

 俺もそれを阻止しようと接近戦を試みたが、槍捌きの前に近付くことが出来ない。かといって治療をしようと魔人のもとに走ろうとすると、それを邪魔してきた。


「さあさあ、お仲間がどんどん死んでいくわよ」


 エリザベートは実に楽しそうだ。

 けどそれが続いたのは、エリザベートが魔人の七割を殺害するまでだった。

 先にその違和感を覚えたのはエリザベートだったようだ。

 イグニスと斬り結んだ時に、眉を顰めた。


「何をしたの?」

「何のことだ?」

「そう、惚けるのね。ならこれで確かめてあげる!」


 エリザベートの渾身の一撃らしきものを、イグニスは弾かれることなく止めている。

 そこにウィンザたちが攻撃を仕掛けている。

 たまらず後退したエリザベートの腕や足に、無数の傷が入った。

 けどそれは掠り傷だったみたいで、すぐに傷がなくなった。

 違う。驚くべきところはそこじゃない。

 今まで圧倒されていたイグニスたちが、エリザベートと互角に戦っている。


「そう、そういうことね」


 また一人エリザベートが死体を処理した後で、そう呟いた。


「仲間を生贄に捧げて戦力を上げてるなんて……酷いのね」

「…………」


 エリザベートの言葉に、イグニスたちは無言のまま剣を振るい、魔法を使っている。

 俺はそれを聞いて足を止め、思わずイグニスに念話を飛ばしていた。


『生贄とはどういうことだ?』

『……そのままの意味だ。こちらの戦力が減り、女神に殺されたら、残された我らに力が譲渡されるようにした』

『死ぬこと前提の作戦ってことか⁉』

『何を怒る? 我らはここに来る前から、既にその覚悟を決めている』


 怒る俺に対してイグニスは淡々と答えた。それは先ほどと何一つ変わっていない。

 思えば俺はエリザベートを殺す覚悟はしてきたが、仲間が……知り合いが死ぬのを見る覚悟が出来ていなかった。


「坊主よ。お主は無事じゃったか?」

「翁……は大丈夫なのか?」


 声を掛けられ振り返れば、そこには翁がいた。

 よく見れば着ている服には破れた個所があり、露出した腕には負傷の跡がある。


「ふむ、またイグニスと言い合いでもしたのかのう?」

「…………」

「まあ、わしらの行いを理解出来ない坊主のことも理解は出来るがのう。命を捨てているようなものじゃから。じゃがな、わしらは死ぬときにも死ねず、長い時間を生き過ぎたのじゃ。そして長く生きた分だけ、仲間たちの、大事な人たちの死を見てきたのじゃ。じゃからこの機会チャンスで、決着をつけたいという想いが皆強いのじゃろう」

「それは翁もなのか?」


 イグニスとは違い、翁の言葉からは重みを感じた。その話し方のせいか?


「わしもそうじゃのう。じゃからわしとてここであれを消滅させることが出来るならしたいと思っておる。あちらの世界に降臨出来なくなればよいとは言ったがのう」


 翁はそう言うと表情を引き締めて俺の方を見てきた。


「じゃからすまないが力を貸してくれんかのう」

「そのつもりで来てるからそれは構わないが、問題は役に立てるか……」


 正直戦闘面で活躍が全く出来ていない。

 槍との間合いが違い過ぎて近付けないし、何より単純に強過ぎる。

 出来ることといえば治療や補助だからな。


「うむ、ならあれを壊したい。どうもあれが女神の力の源のようじゃからのう」


 翁が示す先には、あの透明な箱があった。

 確かに怪しいとは思ったが、あんな目立つものが弱点なのか?

 ただあれを攻撃することなら俺にも出来そうだ。

 俺は疑問に思いながらも、翁に従い攻撃の準備をするのだった。


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