第355話 神界・1

 扉を潜ると、そこには翁が一人いた。


「何じゃ坊主、来たのか?」


 ちょっと呆れた様子で言われた。


「そういう翁は何をしてるんだ? イグニスたちは?」


 俺は辺りを見回した。

 ここが何処かは分からないが、見える景色は長閑な草原といった感じを受ける。

 気配察知を使えば、四方八方に気配を感じる。どうやら先に入った魔人たちのようだ。


「イグニスたちは少し周辺の調査じゃ。エリザベートが何処におるかわからんからのう」

「それで翁は何をしてるんだ?」


 イグニスたちのことはまあ分かった。

 だが翁は蹲って地面に何事か書いている。


「エリザベートを通さないように結界を作っておるんじゃよ。万が一ここを通って向こうの世界に行かれたら大変じゃからのう。通れるかどうか、果たして行けるかどうかは別としてものう」


 確かに翁の言う通りだ。先ほどはミアの仮初めの体で戦っていたが、本来の体で戦うならあれ以上の強さがあると考えた方がいい。

 そんなのが今のエリスの前に現れたら、魔人の主力がこちらの世界に来ている以上、防ぎきるのは困難だ。

 何より地上で暴れると思うと、それだけでゾッとする。

 それこそ俺の仲間たちも一緒に葬りかねない。特に最後のあの様子を見る限り。


「翁よ。こちらはだいたい分かった。そっちはどうだ?」

「うむ、こちらも大丈夫じゃ。本来なら破壊したいところじゃがのう。下手なことをして魔王様に影響が出ても困るからのう」

「なら行くか。ソラよ、ここに来たということは、覚悟をしてきたと思ってもいいんだな?」


 イグニスの問い掛けに、俺は頷いた。

 覚悟は決まっている。

 俺にとっての第一目標はエリザベートの存在を消す、それが無理ならあちらの世界に干渉出来ないようにすること。

 俺のイメージする神は不滅の存在だから、後者になってしまうかもしれないが。


「イグニスたちとしては、エリザベートをどうするつもりなんだ?」

「最善は殺すこと。最低は……もう条件を達しているのか?」

「わしの予想通りならじゃがのう。ただ向こうの世界に、代替品があると分からぬから、やはり滅ぼすのが一番じゃのう」

「その最低条件ってのは何だ?」

「イグニスの持つ聖剣じゃよ。あ奴はそれを目印に降臨しておる節があったからのう。もっとも今はその属性を反転させておるからのう、それで斬りつければ効果絶大なはずじゃ」


 翁の言う通りなら、エリザベートが向こうの世界に降臨するための手段を潰したことになる。

 ただ今まで他の者に干渉して、運命を操作するようなことをしてきたほどの女だ。きっとそんな単純なことじゃないだろう。

 だからこそイグニスたちは、ここで決着を……殺そうとしているのだろう。

 実際ここに来た魔人たちの持つ武器は、闇属性でも付与されているのか、持っているだけで禍々しさを感じる。


「なあ、こんな女神を殺すための武器があったのに、何で向こうでは使ってなかったんだ?」


 だから気になって聞いた。


「あの時はあくまで憑依しておっただけだからのう。もちろん向こうで使っても効果は発揮されたはずじゃ。じゃがその場合、あの娘への負担が大きくなったはずじゃ」

「それじゃミアのために敢えて使わなかったということか?」

「……それは違うのう。向こうではあ奴の動きを阻害する魔道具を用意出来た。じゃがこちらでは無理じゃ。じゃからこちらの手の内を出来るだけ晒したくなかっただけじゃよ」


 翁はそう言うが、本当はミアのことを考えていてくれたような気がする。

 最初に魔王城を訪れた時に、神殺しの武器を作るように言ってきたのも、そのためだったかもしれない。

 好意的に捉え過ぎか? 散々イグニスに利用されたというのに、何故か翁を相手にするとそう考えてしまう。

 やはり神殺しの短剣を作製する時に、竜種の、ワイバーンの魔石をタダでくれたからなのかもしれない。単純か? 他に見た目好々爺だからかもな。


「見た目に騙されるな。翁は我よりも腹黒いぞ」


 そんなことを考えていたからか、イグニスがそんなこと言ってきた。

 もしかして嫉妬か? と思ったら、イグニスの言葉を受けて他の魔人も同意を示す様に頷いている。

 見た目に騙されるなということか?


「翁は我らよりも、長く生きているからな」


 見た目同様、長い時を生きているそうだ。それこそイグニスたちが足元にも及ばないほどの長い年月らしい。


「どれぐらい生きているんだ?」


 興味本位に聞いたら、


「どれぐらいかのう?」


 と首を捻った。

 はぐらかしているわけではなく、本当に分からないようだ。

 そんな他愛もない会話も、目的地が近付くに連れて徐々に無言になっていった。

 最初は草原なような場所だったのが、いつの間に石畳の道路になり、その先には神殿のようなものが見える。

 一瞬パルテノン神殿? と思ったほど形が似ていた。


「さて、何が起こるかわからんからのう。気を引き締めて行こうかのう?」


 それを受けて魔人たちはいつでも武器を構えられるように、緊張した面持ちで建物の中に入っていく。

 俺もミスリルの剣を引き抜くと、翁と並んで最後に神殿の中へと入っていった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る