第354話 暴走・2(ヒカリ視点)
目を覚ました時、ミア姉は横たわっていた。
周囲を見ると、魔人の数が減っていた。
主はあの扉の向こうに行って、女神を殺すと言った。
私は反対した。行くならついて行くと言った。
けど駄目だと言われた。
なら行かないでと言ったけど、主は行ってしまった。
絶対戻って来るからとペンダントを渡された。それが戻って来るための目印になるからと。
そして主に、ミア姉を守ってくれと頼まれた。
……私は、本当は一緒に行きたかった。
ミア姉に酷いことをした女神が許せなかった。
ミア姉は優しい。もちろん他の人たちも優しいけど。
でも本当は……不安だった。主と離れるのが。
この感じ、主から奴隷契約を解消するって言われた時と似ている。
私は主が扉に消えたあともずっと眺めていた。
本当なら追いかけて行きたい。その思いは強いのに、一歩踏み出すことが出来ない。無理を言って嫌われるのが怖いから。
すると突然それは起きた。
パリンという音がしたと思ったら、首輪が二つに割れた。
コツン、コツンと割れた首輪が床に落ちた。
首元に手を伸ばせば、そこには何もなかった。
主との繋がりが切れ……た?
そう理解した瞬間、何かが体の奥底から湧き上がってきた。
それはドス黒い何か。それは私を染め上げていく。
私はそれから逃げるように叫んだ。体から追い出そうと叫んだ。
でもそれは無駄だった。私の意識が解けていく。
ううん、意識はあった。
ただ、体が勝手に動いた。
私は見据える。標的は一人……魔王。
あれを殺すのが、私の本当の使命。殺せ殺せと何かが囁く。
もう思い出せないほど昔から、そのためだけに私たちは造られた。
駄目だと私は指令を出すのに、体はいうことを聞いてくれない。
まるで自分の体じゃないように動く。
最初の一撃はクリス姉のゴーレムが止めてくれた。
でも体は止まってくれない。
ゴーレムを排除したら再び私の体が動く。
今度はルリカ姉とセラ姉二人が私の前に現れた。
良かったと思う反面、二人にいつものキレがないことが分かった。
私を傷付けないように戦ってくれているんだと思った。
『それじゃ駄目』
私は心の中で呟く。
私には分かる。自分の体だから。
今の私は、人を殺すために全力を出している。
それに対して二人は手加減をしている。
その差が徐々に出る。
特にセラ姉は身体能力は高いけど、武器の扱いの差が出た。
メインは斧で戦うセラ姉は、すぐに小回りがきかないと短剣に持ち替えたけど、やはり慣れていない。たぶん、斧だと私を傷付けてしまうというのもあったと思う。
徐々に小さな傷が増えていき、動きが悪くなっていく。
これは麻痺による効果じゃなくて、単純に血を失っていってるからだと思う。
私たちが戦っていると、何人か残っていた魔人も止めに入ってきた。
外で戦った魔人よりは強いけど、今の私の敵じゃなかった。
何より麻痺の耐性がないからなのか、その効果はすぐに出てきた。中には耐えている人もいるけど。
最終的に、私の前に立ちはだかった者たちは、ルリカ姉たちを含めて二〇分後には、立っている者はいなかった。
残りは魔王とクリス姉とコトリだけ。ゴーレムもいるけど、あれは脅威にならない。
ううん、魔王たちもそうだ。魔法を撃たれたら少し分からないけど、たぶん私の敵にはならない。
私の体が一歩踏み出した。
それを見てクリス姉の杖を握る手に力が入った。
私はそれを見て「駄目」と叫んだ。心の中で。
今のこの体は、私の邪魔をする者を排除する。そう、魔王を殺すのを邪魔する者を。
だからクリス姉が魔王を守ろうと動けば、間違いなく私は排除しようとする。
けどクリス姉は魔法を使った。
あれは相手を傷付けるというよりも、相手を拘束して自由を奪うものだ。
本来なら有用な魔法だけど私には効かない。
私の体はそれを避けると、クリス姉目指して動く。私の意志とは関係なしに。
そして私がクリス姉を攻撃しようとした時、次の攻撃がきた。
魔王が攻撃してきた。
それで標的が変わった。そもそも第一目標は魔王なのだから、そちらを優先するのは当たり前だったようだ。
魔王が使う魔法は初めて見る魔法だったけど、私の体は勝手に躱していく。その動きは無駄が一切なく、間合いを詰めていく。
背後から魔力の高まりを感じたが、それを妨害するようにナイフを投擲した。
背後で爆発音がしたが振り返らない。
既に私は魔王の間合いに入っている。
ミスリルの短剣に魔力を流す。
最高の一撃で魔王を殺すために。
私が魔王を短剣で刺そうとした瞬間。二つのことが起きた。
一つは短剣に流した魔力が突然解除された。
もう一つは……玉座から魔王が突き飛ばされて、その短剣の切っ先がコトリの脇腹に刺さったこと。
私はすぐに標的に視線を向けて、短剣を引き抜こうとした。
でもそれは叶わなかった。
コトリが抱き着いてきたから。まるで逃がさないとでも言うように。
私を包むように回された手にはギュッと力が入り、密着する体からはコトリの温かさが伝わってくる。
「大丈夫だよ」「お兄ちゃんはきっと帰ってくるよ」「寂しいよね」「私がいるからね」
様々な言葉がコトリの口から出てくる。
その言葉は不思議と私の心に響いた。
主の言葉じゃないのに、安心させられる何かがあった。
主と同じ世界の人だから?
それが答えかどうかは分からないけど、コトリの優しい言葉は体の奥に押しやられた私の意志を引っ張り上げてくれた。
黒く染め上げていた何かが体の中から抜けていき、私の意志で体が動かせるようになった。
私はそっとコトリに抱き着くと、涙が止まらなくなった。声を上げて泣いた。
「良かったです。いつものヒカリちゃんです」
コトリの嬉しそうな声が聞こえた。
と同時に、私の体を包んでいたコトリの腕の感触が消えた。
見ると腕はだらりと力なく垂れて、コトリを見ると苦しそうにしている。
目が合うと、
「痛いですよ~」
と情けない声を上げた。
私は慌てて短剣を引き抜きポーションを振り掛けた。
主特製のポーションだ。なのに、傷が塞がらない。
私はポーションをコトリの口に突っ込んで飲ませたけど、やっぱり効果が出ない。
「ヒカリちゃん酷いです。けど、私はポーションの効きが悪い体質みたいなんですよ」
涙目のコトリがそう教えてくれた。
それを聞いて私は焦った。
だってここには神聖魔法を使える人がいないから。
クリス姉が近寄ってきて、傷口に布をあててる。みるみる内に真っ赤に染まっていくのが分かる。
「きっと大丈夫ですから」
クリス姉は私を慰めるように言うけど、コトリの様子は悪くなる一方だ。
それでもコトリは私を見て笑っている。まるで安心させるように。
その時、突然コトリの体が白い光に包まれた。傷が治っていく。
何がと思った時、背後に気配を感じた。
振り返るとそこにいたのは……竜王のおじいちゃんだった。
「これで大丈夫じゃろう?」
それだけ言うと、おじいちゃんはエリス姉と二言三言話して、あの扉の中に消えていった。
「ヒカリちゃん大丈夫ですか?」
するとコトリがまた抱き着いてきた。
私はコクリと頷きコトリに状態を聞くと、
「ばっちりです」
と、答えた。
その笑顔はちょっと眩しく、主とは違うはずなのに重なって見えた。
私は「ありがとう」と誰にいう訳でもなく呟いた。真正面から言うには、少し恥ずかしかったから。
それからルリカ姉たちからも心配された。
酷いことをしたのに誰も責めてこなかった。
主だけでなく、私にも居場所があったんだと、その時初めて気付けた。
だから私は誓う。主が戻って来るまで、しっかりミア姉を守ると。
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