第352話 扉・2

 イグニスたちが扉の向こうに消えたあと、しばらくの間その扉を眺めていた。

 扉の先は異空間に繋がっているようで、ダンジョンの次の階層へ続く階段のように全く先が見えなかった。


「お姉ちゃん大丈夫?」


 クリスの声に振り返ると、エリスが玉座に腰を下ろしていた。

 魔力を大量に消費したのか、疲労の色が濃い。

 俺はもう一度扉を見て、とりあえず皆のところに向かった。


「ソラ……」


 近付けばルリカが心配そうにしていた。

 何か声を掛けようとしてきたが、名前を呼んだだけでそれ以上は何も言ってこなかった。

 その視線が腕の中のミアに向けられて、悲しそうに目を瞑った。

 それはクリスもセラも変わらなかった。

 俺はとりあえず玉座の横に厚めのシーツを敷くと、そこにミアの体を横たえた。

 鑑定で再度確認したが状態は変わっていないし、神殺しの短剣から放たれる魔力も安定している。


「エリスさん、一つお願いしてもいいかな?」

「何をですか?」


 息を乱しながらもエリスはそのお願いを聞いてくれた。

 俺が頼んだのは万が一ミアに施した時間停止が解けてしまった時に、時の精霊の力を借りて、ミアの時間を停めてもらうということだった。

 最初俺が時の精霊のことを知っていたのに驚いていたが、イグニスから聞いたと話したら納得していた。


「ソラ、何をしようとしているの?」


 俺がエリスと話していたら、心配したクリスが尋ねてきた。


「少しミアのことでね……」


 俺は一度ミアを見て、まだ意識が戻らないヒカリのもとに近付き手を添えた。

 今もまだ目覚めていないが、どうやら意識を失っているだけのようだ。コトリがしっかり面倒を見てくれていたようだ。


「ありがとな、コトリ」

「う、ううん。私にはこれぐらいしか出来なかったですから」


 エリザベートとの闘いを、怖くて見ているだけしか出来なかったと言った。

 その言葉にルリカたちも、自分たちも同じだよと慰めていた。

 下手に干渉すると、それが何処に飛び火するか分からない戦いだったからな。

 特にルリカとセラにとっては、クリスが標的になりかねない状況だった。エリスを守りたいという想いの間で揺れているようだった。

 やはりユタカの告白を聞いた影響があったんだろう。

 なのにセラが俺の呼び掛けてに応えてくれたのには、感謝しかない。もちろんそこには防がないとエリスの命の危機だというのもあったと思う。

 俺は一度ゴーレムを手元に戻すと、核に注いだ魔力を吸収で回収した。


「これをクリスに渡しておくよ。俺の代わりにゴーレムを召喚してもらってもいいか?」

「いいけど……ソラ、どうするの?」


 再びの問い掛けに、今度こそ真正面を向いて答えた。


「俺はイグニスたちを追おうと思う。やっぱり……エリザベートは許せない」


 イグニスたちだけで全てが解決するかもしれない。

 行っても足手まといにしかならないかもしれない。

 しかも今度はエリザベートのホームで戦うことになる。

 翁はここで戦うための準備をかなり入念にしていたと思う。それなのに仮初めの体を倒すのがやっとの状態だったような気がする。

 もしかしたら倒すと言っていたが、エリザベートがこちらの世界に二度と干渉出来ないようにするのが一番の目的かもしれない。

 好き勝手こちらの世界に来られるなら、誰かの体に憑依するという手段もとらないはずだ。それが出来ない以上、きっと条件があるはずだ、と思う。

 俺は砕けたミスリルの剣を創造で修復し直すと、それを鞘に納めた。

 その姿を見てクリスが何かを言おうと口を開きかけたが、ギュッと手を握ったまま次の言葉が出てこないようだった。

 しばらく見つめ合っていると、衣擦れのする小さな音が鳴った。

 見ればヒカリが目を覚まして、キョロキョロと周囲を見回して俺と目が合うとおぼつかない足取りで近付いてきて抱き着いてきた。


「主、ミア姉は?」


 見上げてくるヒカリに、俺は自分がしたことを丁寧に説明した。


「なら助かるの?」

「ああ、きっと助かる。ただその前にやらないといけないことがあるんだ」


 俺は今からイグニスたちを追ってあの扉の向こう側に行くことを告げた。


「駄目! 行っちゃヤダ⁉」


 けどヒカリは反対してきた。この反応、まるで奴隷契約を解除すると言った時と同じだ。

 ギュッと俺の服を掴む手は、まるで俺を何処にも行かせないという意志の表れのようだった。


「魔人がいったなら、任せればいい」

「けどな。やっぱ自分の目で確認したいんだ。ミアや……クリスたちを苦しめたのも許せないから」


 あとはユタカの話を聞いて、感情的になっていると思う。

 冷静に考えれば任せておけばいいと思うが、やはりどうしても自分でどうにかしたいという思いがあった。

 今度はいいように利用されるのではなく、自分の意思で、エリザベートを倒したいと思った。


「けど戻って来られないかもって……」


 クリスの言葉に増々ヒカリの掴まる力が強くなったようだ。


「なら私も行く!」


 とまで言い出したほどだ。

 だから俺はある言い訳をするためにスキルポイントを消費してスキルのレベルをまた上げた。なんか今まで頑張って貯めていた貯金を一気に使っている感じだな。

 スキルポイントを11消費して転移のレベルをMAXにした。

 カンストしたことで転移は、別の場所に瞬時に移動することが出来るようになった。

 ただし条件があり、目印となる魔道具がないと飛べない。

 だから今覚えたとしても、マジョリカにすぐに行くことは出来ない。その魔道具をマジョリカの飛びたい場所に設置する必要があるからだ。

 とりあえず俺はそれを作った。形は錬金術を覚えているからか、自由に出来るようだ。

 何か俺が人に渡すものってネックレスが多いな。

 俺はそんなことを思いながら、ヒカリの首に創ったそれを掛けた。


「これは俺が戻って来るのに必要な魔道具アイテムだ。だからヒカリがしっかり持って待っていてくれ。それと、ミアのことを守って欲しいんだ」


 俺は目線をヒカリに合わせながら頼んだ。転移スキルの説明も皆にした。

 いつもなら突飛なスキルに呆れ顔をされることが多いが、さすがにこの空気の中ではそれがなかった。

 ヒカリはミアの名前が出た時にビクリと肩を震わせ、一度ミアの方を見てからゆっくり頷いた。掴んでいた手も離れていった。


『セラ悪い。もし俺が戻って来なかった場合、代わりにエリクサーを探してくれ。ダンジョンで手に入る可能性が高いようだから、最悪ヨルを通してダンのおっさんに頼んでみてくれ』


 最後にセラにだけは念話を飛ばし、戻らなかった場合の説明をした。

 口にして他の人たちに言わなかったのは、ヒカリに聞かれて心配されるのを防ぐためだ。知ればきっとまた止めようとする。

 あとは最後にお金類の入ったアイテム袋をルリカに渡すと、遅れて俺も扉の向こう側へと足を踏み入れた。

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