第351話 扉・1
「やったのか?」
「残念ながらやっておらんの。やはり憑依体を倒しても駄目なようじゃ。狙うは本体じゃのう」
イグニスの言葉に翁が答えた。
「魔王様。申し訳ありませんが、よろしいですか?」
「こちらが座標になりますが……少々負担が大きいかもしれませんのう」
「いえ、以前から頼まれていたことなのでそれはよいのです。それは構わないのですが……長いこと維持することは出来ません。最悪戻って来られなくなりますがよいのですか?」
エリスの言葉に、二人の魔人は真剣な表情で頷いている。
「分かりました。では開きますが準備はよいですか?」
「少しお待ちください。ドラコン、お前は残って魔王様をお守りしろ。それと襲撃はまだ続いてる。とりあえず異世界人三人は例の牢に運んでおけ。あとは当初の予定通り半分は我についてきて、他は防衛にあたれ」
「それがよいじゃろう。あとわしらが戻って来なかった場合は、ドラコンよ。お主が中心となって魔王様を支えるのじゃ」
「お、俺ですか? ギードじゃ駄目なんですか?」
「……あれは直情過ぎるからのう。お主の方が適任じゃ。お主はイグニスとも違って、慎重なところがあるからのう」
魔人たちはイグニスの指示に従いテキパキと動き始めた。
連れて行かれる三人をコトリが心配そうに見ていたが、止めることはなかった。
「何処に行くつもりだ?」
ミアを抱えた俺は、一段落したところで二人の魔人に問い掛けた。
「むろん女神の住処じゃ。逃しはしたが、追跡用の印をつけることは出来たからのう。もっともそのお陰で、あれが滅んでいないことが分かった訳じゃが」
「……色々言いたいことも聞きたいことも多いが、倒せるのか?」
「どうじゃろうか。最悪こちらに干渉することが出来なくなれば、ある意味わしらの勝利じゃからのう」
翁が手を
「まずはこれじゃのう」
そして虚空から毒々しい色をした瓶をいくつか取り出すと、それを聖剣に振り掛け何事か呟いた。
それを何度も何度も繰り返すと、銀色に輝いていた刀身の色が漆黒に染まり、聖なる波動の代わりに禍々しい波動を周囲に撒き散らし始めた。もはやこれが聖剣だったものだとは誰も信じないだろう。
「ほれ、イグニスはこれを使うがよい。では魔王様、こちらの準備は完了ですじゃ」
「では開きますね」
エリスが頷くと同時に、エリスの周囲に物凄い魔力が集まるのが分かった。
この感じ、クリスが精霊魔法を使う時に似ている。
「少しばかり時間が掛かるじゃろう。聞きたいことがあれば質問するがよい。答えられることなら答えようぞ」
翁はチラリとエリスの様子を確認すると言ってきた。
聞きたいことはたくさんある。
だから何を聞けばいいのか正直迷い、最終的に一つの質問をした。
「エリザベートを殺すために俺たちを利用したんだよな? いつから俺たちはあんたらの計画に組み込まれたんだ?」
「そうじゃのう。いつからじゃ?」
翁に聞かれたイグニスは、
「……マジョリカでお前たちに会った時だ」
と実に素っ気なく答えた。
「マジョリカ?」
「そうだ」
マジョリカで何があった? 色々あったが一番大きな出来事といえば二八階の異変か? あそこで治療薬を作ることが出来なくて、最終的に竜王国に月桂樹があることを知って行くことになった。
「あのダンジョンの異変もお前たちの仕業なのか?」
「いや、あれはたまたまだ。竜王国に行くように誘導するのに利用させてもらったがな」
そうなると竜王国での色々な出来事も関係しているということか? それこそ竜王から牙を受け取ることも計算に入っていたのか?
けど決戦の時に俺たちが間に合ったのは偶然だ。タイミングが違えば、既に戦いは終わっていたかもしれない。
それすらコントロールしていたというなら、その綿密に練られた計画からは逃れる術はなかったと思う。
ただそれでもと思わずにはいられない。
俺は腕の中のミアに一度視線を落とした。
誰が悪いかは分かっている。けど……。
「許してくれとは言わん。じゃがわしらにもわしらの事情……悲願があったというだけじゃ。それに今度こそ、この楔を断ち切るんじゃよ」
翁の言葉は重かった。
その瞳からは、確固たる揺るがない決意が感じられた。
そしてそれは翁だけでなく、イグニスも、また他の魔人たちも同じだった。
「……開きます」
文句の一つも言えずに立ち尽くしていると、エリスの言葉が響いた。
すると玉座の間のちょうど中央辺りに、大きな両開きの扉が出現した。
それは片方だけゆっくりと扉が開いていき、人一人通れるだけのスペースを作った。
忙しく動いていた魔人たちも、その扉の出現には驚き、作業の手を止めた。
「すいません。私の力ではこれが限界です」
「いえ、十分です。それに魔力を温存したい理由も分かりますので」
イグニスはエリスに一礼すると、「行くぞ」と言って数十人の魔人を伴い扉の向こう側へと消えていった。
『ソラよ。お前はどうする?』
消える瞬間、そんな声が頭に響いた。
「ではわしもこれで。ドラコンよ、あとは頼んじゃぞ」
最後に翁が扉の中に消えれば、残った魔人たちは再び慌ただしく動き出した。
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