第350話 降臨・6

 エリザベート……ミアの体に神殺しの短剣を刺した瞬間、ミアの体から魔力の塊のようなものが離れていくのが分かった。

 俺は糸の切れた人形のように崩れ落ちるミアの体を受け止めた。

 その顔を覗き見れば眠っているように見えるが、全ての動きが停まっている。呼吸も、心臓も、何一つ動いていない。

 鑑定をすれば、


【名前「ミア」 職業「——」 種族「人間」 レベル「58」 状態「時間停止」】


 となっている。

 状態を見ると、これでは死んでいるのかどうかが分からない。

 それこそ短剣を抜いて、ポーションを振りかければ傷を治せて、普通に目を開けるのかもしれないとも思う。

 ただミアの体に埋まっているのは、ただの短剣じゃない。心臓を貫いたわけじゃないが、致命傷になっている可能性は極めて高い。

 こういう時、それこそ相手のHPとかの数値とかを見られたらと思うが、鑑定もそこまで万能ではない。有用であることには変わりないが。

 だから引き抜くなら、やはりエリクサーを用意してからだ。失敗は許されないのだから。


「おのれ、おのれ、おのれ、おのれ!」


 そんなことを考えていたら、声が上の方から聞こえた。

 見上がれば靄のようなものが集まり徐々に人の形を作っていった。

 そこに現れたのは薄っすらと透けて見える女。その顔は整っていて見たら思わず見惚れてしまうような絶世の美女だった。

 ただその瞳は怒りに染まり、憎々し気にこちらを睨んでいた。


「しぶとい奴だ。あれで死なないとはな」


 その言葉にギロリと視線が動いた。

 女の視線を追えば、そこにいたのはイグニスだった。

 先ほどの闘いが嘘のように疲れた様子も見せず、悠然と構えている。


「さあ女神よ。今度こそ貴様が死ぬ番だ」


 どうやら予想通り宙に浮く幽霊のような女がエリザベートのようだ。

 ということはあの一撃を受けて、ミアの体から弾き飛ばされたということか?

 安心する一方で、他の誰かに乗り移らないのか心配になった。

 もしそうなったら同じような方法は取れない。少なくとも俺は。

 イグニスはそんな幽体? に対して剣を振るった。

 その攻撃をエリザベートは大きく距離を取って躱すと、焦ったようにキョロキョロと周囲を見回した。

 その視線がクリスたちのいる辺りで止まると、文字通り飛んで向かっていった。

 イグニスもそれを見て追いかけたが、エリザベートは魔法を放って妨害を始めた。 

 ただ一発撃つごとにエネルギーを消費しているのか、飛ぶ速度がグンと減速した。

 それでもイグニスとの距離は開いていく。

 他の魔人たちも行く手を塞ぐように行動に移すが、エリザベートの魔法によって吹き飛ばされていく。見た目ほどの威力はないようで、直撃を食らっても大丈夫なようだが近付けない。

 俺はというとそれをただ眺めていることしか出来なかった。

 転移が使えれば追い付くことが出来たが、一つはミアから離れるのが怖かったのと、制限に引っ掛かってポーションでMPの回復が出来なかったからだ。

 自然回復向上のお陰で徐々に回復していっているが、その遅さがもどかしい。


「魔王、自分の取った愚かな行為を後悔しなさい」


 エリザベートは笑いながら言う。

 その体は最初に見た時よりも薄くなっていたが、あと少ししたらクリスの元に到着する。

 やはりクリスに乗り移ろうとしているのか? それが可能なのか?

 誰もが最悪の事態を想像する中、けどそれは起こらなかった。

 コツンという音がしたと思ったら、エリザベートが何かに弾かれたように進行方向の逆側に吹き飛んだ。

 

「……お前の仕業か!」


 エリザベートが激高して叫んだ相手は翁だった。

 その横顔は醜悪に歪んでいるように見えた。


「その通りじゃ。そして……これで終いじゃ」


 翁の体から禍々しい黒い靄が飛び出ると、真っ直ぐエリザベートに向かっていく。

 それを見たエリザベートは慌てたように反転したが、黒い靄は追いかけて包囲すると、その範囲を狭めていってやがて靄の中に埋もれていった。


「このようなことをして……。許さない、許さない、許さない!」


 エリザベートは黒い靄を押し返そうと激しく抵抗しているが、徐々にそれも弱くなっているように見える。

 しかし有利なはずの翁を見ると、その額には大粒の汗が浮き上がり何かを我慢しているようにギュッと杖を握っている。

 その視線はエリザベートの、黒い靄の様子を注意深く凝視しているようにも見える。

 誰もがその攻防に手を出せずにいたが、最終的に軍配は翁に上がった。

 黒い靄に包まれ押し潰されていったエリザベートは断末魔の悲鳴を上げ、靄が晴れた時にはもはやエリザベートの姿はそこにはなかった。


 


 

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