第349話 降臨・5(ミア視点・2)

 今私は何を見ているのだろう?

 分かってる。今目の前では戦いが起こってる。

 私が……ううん、私に乗り移った女神様が、女神が戦っている。

 私はただそれを見ていて、他人事のように魔人たちとの会話を聞いている。

 そうか……アドニスが私を殺そうとした理由が分かった。

 私は魔王を、エリスを殺すために存在したんだと理解させられた。

 そして一度はアドニスに殺されかけたのに、その後ここに来て危害を加えられずに生かされた理由も分かった。

 翁と名乗る魔人が教えてくれた。話していた。

 女神を殺すために私は生きている必要があったのだと。

 確かに突然私の体の動きが鈍くなったような気がする。

 けど女神の勢いは止まらない。

 むしろこの逆境を楽しんでいるように私は感じた。

 態度は不機嫌そうなのに、心は楽しんでいるように。

 するとそこにヒカリちゃんが怒って飛び掛かってきた。


「人形が……」


 女神が振り払うように腕を振った。

 ああ、ヒカリちゃんの体が勢いよく吹き飛ばされて床の上をバウンドしている。

 壁に激突して止まったけど大丈夫かな? ヒカリちゃんはピクリとも動かない。

 なんてことを叫ぼうとしても声が出なかった。

 どうすればいいのか……意識だけになった私は何も出来ない。

 ただ目の前で起こることを強制的に見せられているだけだ。

 やがて女神はソラにエリスを殺すように強要し始めた。クリスを人質にとって。

 その行為に怒りを覚えたけど、少しだけ、少しだけソラが私を助けるために戦ってくれたことを嬉しく思った。不謹慎だけど、本当に嬉しかった。

 だけどそう思う一方、女神のために戦って欲しくないとも思った。

 私はクリスが好きだ。

 正直に言うと最初はちょっと苦手だった。

 嫉妬していたっていうのもあったと思う。

 ソラの口から話すクリスたちの話。それは楽しそうで、心底信頼していて感謝をしているのがその態度から滲み出ていた。

 羨ましかった。そこまで想われていることに。

 けど交流していくうちに、徐々に好感を持っていった。

 好きな人が同じだったこともあるのかもしれない。

 クリスは時々好意的にソラに接するけど、最後の一歩を踏み出すことはなかった。

 理由は探し人……エリスを見つけることを優先していたからだ。

 その強い意志に私は憧れた。

 私は……ただ流されて、ソラに頼っていただけだから。

 一緒にダンジョンに潜ったり、旅をしたり、奴隷を続けていたのは、ソラと一緒にいる理由が欲しかったから。

 だから竜王国で奴隷から解放されても一緒にいていいと言ってくれた時は嬉しかった。

 そんなクリスを人質にとって、女神はクリスの大切な人を奪おうとする。

 そんなの許せない。

 だから私はソラに願った。心の中で呼び掛けた。

 私を殺してと。もしかしたら今の私を殺したら、女神を殺すことが出来るかもしれないと思ったというのもある。

 だってソラはそのための道具を持っているから。

 そんな私の願いは届かず、ソラは魔人たちと戦っている。

 あろうことかその包囲網を抜けてエリスに斬りかかったけど、直前でセラがそれを防いでくれた。

 ホッとした。

 ソラがエリスを傷付けたらきっとクリスは悲しむし、ソラも後悔する。

 なら私を殺したらソラはどう思うか一瞬脳裏に過ったけど、元々今の私の命があるのはソラのお陰だし、何よりあの遺跡で見た辛い、悲しい歴史を私の命で終わらせることが出来るなら、そんな幸せなことはないと思った。

 もちろん、もっとソラと一緒にいれたらと思う。

 だけど分かる。例えエリスを殺して女神がこの体から出ていっても、私は助からないって。

 それほど今の私の体は異常だ。

 これは何となく、理由は分からないけど分かった。

 それが女神に取り憑かれた者の運命さだめだと。

 それから不意に、風向きが変わった。

 ソラの目の色が変わったのが分かった。

 それはほんの些細な違いだったけど私には分かった。

 今まではどこか迷っているような感じだったのに、今は確固たる意志を持っている。

 やがてソラは魔人と敵対している風を装っていたけど、最後は女神を殺すために魔人と一緒に戦ってくれた。

 手に持つ短剣は、神を殺せると言っていた武器だ。

 それが吸い込まれるように私の体に刺さる。

 その寸前、私は感謝した。ありがとう、と素直に言えた。

 これで全てが終わると思うと、嬉しかった。これでたくさんの人が助かると。

 短剣が体に刺さった瞬間、私の頭に悲鳴が響いた。女神のものだ。

 と、同時に女神が私の体から飛び出ていくのが分かった。

 けど私はそれ以上何も感じなくなった。

 そこで私の時間が停まったように、何も考えられなくなったから。

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