第345話 降臨・4

「ん、これは……」


 玉座の間の四隅にある石像から魔力が溢れると、まるで部屋を囲うように結界のようなものが展開された。


「どうやら気付いたようじゃのう。これこそが貴様を殺すために用意したものじゃよ」


 今までことの成り行きを黙って見ていた翁が突然口を開いた。


「最高の依り代は貴様の力を最大限に引き出すことが出来る。じゃがその反面、この空間内では貴様の力が強ければ強いほど弱めることが出来るのじゃよ」

「ふふ、そんな手を考えてたのね。けど、貴方たちはこの子を殺せるのかな? 私が死ぬということは、依り代となったこの子が死ぬことになるのよ?」


 それは翁たちにというよりも、まるで俺に言っているように聞こえた。


「だから聖女を助けたければ、魔王を殺しなさい」


 俺はその言葉を受けて、一度エリスの方を見た。見てしまった。

 エリスは特に何も感じていないようだったが、その傍らにいたクリスは不安そうにこちらを見ていた。

 違う。そうじゃない。どちらにしろ俺には制約があってそれが出来ない。


「大丈夫よ。制約それは既に解除されてるわ。だって制約それは呪いなんですもの」


 まるで俺の考えていることが分かっているように語り掛けてきた。

 俺はふとそれを聞いてスキルを無意識の内に確認していた。


【状態異常耐性LvMAX】効果「毒・麻痺・石化・魅了・呪い無効」


 確かに呪い無効になっている。ならそれが解除されているということか?

 けどもし制約が呪いならステータスパネルに呪いの表示が出なかったのが分からない。

 確かヒカリから麻痺攻撃を受けた時は、麻痺と表示されたような気がする。

 そう思う一方で、表示こそされないが制約が状態異常の一種であると、指摘されてその可能性はあるとも思った。

 それは状態異常耐性が、何もしてないの熟練度が上がっていき、勝手にレベルが上がっていったことから間違いないと今なら分かる。

 それなら……。

 そこまで考えて俺は恐ろしいことに気付いた。

 制約がなければエリスを攻撃出来ると思い始めている自分がいたことに。

 けどこのままではミアを失うことになってしまう。

 ミアとエリス。二人の命を天秤にかけることは出来ない。何よりエリスを失えばクリスが悲しむ。その顔を想像するだけで胸が締め付けられる。


「ミア姉を返せ!」


 俺が迷っている時に、エリザベートを攻撃する者が現れた。ヒカリだ。

 けどヒカリの襲撃は、動きが鈍くなっているらしいエリザベートには通用せず、振り払うように振った腕に吹き飛ばされた。


「人形が……」


 エリザベートは嘲笑うように吹き飛び床に倒れるヒカリを見て言った。

 普段なら仲間が攻撃されて怒りが湧き上がるのに、それがなかった。違う。必死に抑えているだけだ。

 エリザベートに怒りは感じるが、あれはミアの体だ。

 そしてエリザベート……女神がしてきたことを思い出して怒りを覚えるが、体を動かすことが出来ない。

 それなのに、イグニスが再びエリザベートを攻撃しようと動いた時には、体が勝手に動いてその攻撃を防いだ。


「女神につくということか?」


 イグニスの問いに、明確な答えを出すことが出来ない。

 俺はどうしたいんだ?

 ミアは助けたい。けどエリスも助けたい。

 なら二人を同時に救う方法はあるのか?

 そんな上手い話があればきっと飛び付くだろう。

 けど残念ながらそんな上手い話はないし、二人を同時助ける方法なんて思い浮かばない。

 ただ今出来ることは、イグニスの攻撃を必死に防ぐことだけだ。

 無駄な足搔きかもしれないが、やめることが出来ない。

 それが長く続かないと頭では分かっているのに。

 もしかしたら俺は、最後まで頑張ったと思いたいがために今こうしているのかもしれない。

 頑張ったけど無理だったと、誰かに言い訳するために。

 一撃一撃受けるごとに、体力が消耗していくのが分かるから。


『……ソラ、私を……』


 もう自分が何をしているのか、何をしたいのか分からなくなっていたその時、描き消えそうな音を聞いたような気がした。

 それは懐かしい、今もっとも聞きたかった優しい声だったような気がする。

 何と言っていたか、耳を済ませるが耳に響くのは剣と剣がぶつかる音だけだ。

 俺はそれが邪魔だとイグニスを振り払おうとするが、ひょいッと簡単に躱されると、上段から勢いよく剣を振り下ろしてきた。

 俺はそれを両手で持った剣で受け止めた。

 目の前で火花が散り、一度は止まった勢いだったが、力負けして押し込まれていく。

 体を支えきれずに膝をつき、見上げれば近い位置にイグニスの顔があった。

 真正面から見るその瞳には、確固たる決意のようなものがあるように思えた。


『聖女を助ける方法が一つだけある。聞くか?』


 再び頭に直接響く声が聞こえた。

 その声は、先ほど俺に鑑定するように促した声と同じだった。


『聞こえているならタイミングを合わせて剣を振り抜け……三、二、一!』


 俺はその声に導かれるように、一の声と同時に剣を振り切った。


 

 

 

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