第344話 降臨・3
「やはりこうなったか」
イグニスの声に視線をミアから外して向けると、ちょうど武器……剣を手に持ち一歩踏み出すところだった。
その先にいるのはミア?
距離的にこのままでは間に合わない。俺は剣を引き抜きつつシールドを使い、同時に転移でミアとイグニスの間に飛んだ。
飛んだ先には剣を振り下ろすイグニスが目と鼻の先にいた。
その背後にいるのはミアだ。
間違いなくイグニスはミアを狙っている。
最初の一撃はシールドが防いでくれたが、その一撃でシールドは消失した。
続く第二撃は辛うじて剣で防ぐことが出来たが、重い一撃に思わず声が漏れた。
その時イグニスの目を見たが、その瞳には目の前にいる俺が映っていないように見えた。
「な、何でミアを攻撃する!」
どうにか押し返した俺は、イグニスに向かって叫んだ。
以前、聖王国でアドニスがミアを殺そうとしたことがあった。
けどミアはアドニスからの謝罪を受けたと言ってたし、アドニスも後から翁たちに怒られたと言っていた。
それなのに、今イグニスはミアに手を出そうとしている。
俺は改めて注意深くイグニスを見て、次にどんな攻撃を仕掛けてくるか警戒した。
イグニスは確か魔法のようなものも使える。城に被害が出るような大規模なものは使わないと思うが、単体を狙い撃てるものもあるだろう。
自然と手に力が入る。
ただ改めて対峙して思うことは、初めて会った時とは明らかに違うということか。
あの時はただ相対しているだけで圧倒的な存在感を覚え、敵わないと思わされた。
でも今は?
あの時程の絶望感はないが、それでも勝てるイメージが浮かばない。
それに真意が分からない。
周囲を見れば、クリスたちは驚きの表情を浮かべているが、魔人たちは至って冷静に見える。むしろ武器を持って警戒している様子がうかがえる。
「何故……攻撃をするか、か? 理由は簡単だ。その女を殺すことこそ、我らが長い年月求めてやまない悲願だからだ」
そんな中イグニスが言い放った言葉に一瞬思考が停止した。
何を言っている? ミアを殺すことが?
混乱する俺に届いたのは、
「ふふ……」
という笑うような声だった。
背筋がゾクリとした。
イグニスから目を離してはいけないと思っていたのに、反射的に体が動いて振り返っていた。
そこには口元に手を添えたミア……がいた。ミア? だよな。
そう疑問に思うほど、今目の前にいるミアの雰囲気はおかしかった。
確かに笑えば可愛らしい感じだったが、今は可愛らしいというよりも妖艶といった方が正しく感じた。
目が合えば、惹き込まれるように目が離せなくなった。
ただそれとは逆に体はまるでミアから逃げるように一歩、二歩と勝手に後退った。
三歩目でどうにか押し止まったが、その時俺の傍らを駆け抜ける者がいた。イグニスだ。
イグニスは既に突きを放とうとしていて、今から転移しても間に合いそうもない。
ならミアの前にシールドを張るかと思ったその時、ミアの手の中に一振りの剣があることに気付いた。あれは先ほど床に落ちていた剣だ。
余計なことに気を取られたからか、俺の行動が遅れた。
今度こそ駄目だと思ったが、予想外の結果に終わった。
ミアはイグニスの突きに対して、剣の腹でその一撃を防いだ。しかも加速して威力が上がっていそうなのに軽々とだ。
その信じられない光景に言葉を失った。
「やはりこの程度では殺せないか」
「分かってて攻撃したのではなくて? ふふ、貴方は変わらないわね、イグニス」
ミアの口から発せられた言葉は、しかしまるで別人が喋っているようだった。
『ソラよ、鑑定を使い女を視るがいい』
突然頭の中に言葉が響いた。
俺は驚くよりも先に、その言葉に従うようにミアに対して鑑定を使った。
しかしそこで視た結果は……
【名前「エリザベート」 職業「——」 種族「女神」 レベル「——」 状態「憑依」】
だった。
「その顔。鑑定でも使ったようね?」
ミア、違う……エリザベートが楽しそうに笑った。
まるで俺の反応を楽しむように。
「そうだ。その女は女神だ。今回もやはり降臨したな」
「ふふ、分かっていたことでしょう? 今まで何度も繰り返したことなんですもの。むしろさっさと始末しないのを不思議に思ったほどよ」
どういうことだ?
思わず俺はイグニスを見ていた。
そんな俺の態度を見たからか、エリザベートが嫌な笑みを浮かべながら説明をしてきた。
「簡単なことよ。聖女はね。私がこの世に降臨するための最高の依り代なの。もちろん聖女じゃなくても出来るけど、やっぱり質が劣るのよね。けど分からないわ? それが分かってて聖女を殺さなかったこともそうだけど、聖女をわざわざここに連れて来るように仕組むなんて、ね」
その言葉を聞いて、イグニスが魔王城に移動するための魔道具を渡してきたことを思い出した。
まさかそのためにあれを渡したのか?
けど以前にミアはここに来ている。ならその時に降臨することも出来たはずじゃ?
あの時になくて今あるもの……俺はエリザベートが握る剣を見た。
聖剣。あれが鍵になっているのか?
「何を言う。どうせ貴様のことだ。色々と辻褄を合わせて聖女をここに連れて来ただろう? だからこちらから用意したんだよ。我らが有利になる条件を揃えるためにな」
その言葉と共に、玉座の間の四隅から異常な魔力を感じたのだった。
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